ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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fête

 パーティ当日。そして、ワールドカップサッカー カメルーンVS日本の試合の日でもある。
 朝7時には隣町のバフィアに向かい、昨日買えなかったものを調達した。両手一杯に持ち切れないほどの荷物になり、重くて腕が痛い。言われるがままに買ったけど、本当にこんなに食べるんだろうか…。
 料理は、一人では無理なので、結局身近な4人ほどの女性(招待客)にお願いした。勿論私も一緒に働いたけど。目標開始時間は13時。なぜなら15時にサッカーの試合が始まるからだ。
しかし、当然のごとく(?)料理の出来が遅れ、結局準備が完了したのは試合直前の14時30分。
テレビの前に座っている母屋の元大臣に「パーティ始めるので、ちょっとだけ来ていただけますか?」とお願いすると、案外すんなりテレビから離れて家に来てくれた。(実は大家である元大臣が私の家に入って来るのは2年間で今回が初めてだ。)
100614 fête (30)

パーティと言っても、招待客は全て大臣の系類家族。ファミリーのパーティなので、堅苦しい事はなし。まずは、「2年間無事に過ごせたのも皆さんのおかげです。どうもありがとう」と私が感謝の気持ちを述べた。すると、元大臣がその場で現地の言葉に訳してくれた。ご高齢の夫人方(元大臣のお母さんなど)が、フランス語が挨拶程度にしか分からないからだ。こちらの習慣でもあるご飯を食べ始める前のお祈りの言葉を、元大臣にお願いしたところ、彼はまず「彼女が2年間、事故なく大きな病気なく無事に過ごせた事を感謝します」と言ってくれた。
元大臣、ボランティアを要請した張本人の筈なのに、これまで私の活動にあまり関心が無い様子だったし、任期途中からは同じ敷地内に住んでいたけれども、私にとっては少し距離がある存在だった。でも、このパーティーが家族の為に開かれた事を、彼は喜んでくれたらしい。表情がとても優しかった。最後にそういう表情が見られて良かったなぁと思う。
さて、「じゃあ、食べましょう!」となった途端、戦いが始まった!ビュッフェ形式なのだけど、みな各々お皿を手に、料理の所に殺到。料理を作った女性達がそれを出来る限り整理しつつ、お皿に山のように料理を盛っていった。本当に、文字通り山のように!そして、各々好きな飲み物の瓶を取り、もぐもぐと旺盛な食欲で食べ始めた。あれだけあった料理が、あっと言う間に綺麗に無くなった。はぁ~、成程。これだけ食べるから、あんなに材料買え買え言ったのか。
100614 fête (25)

ちなみに、今日のメニューは・・・
アボカドのサラダ
葉野菜と白身魚のソテー
魚の切り身の揚げもの
鶏のトマトソース
イニヤム(山芋の蒸したの)
バトンドゥマニヨック(キャッサバの加工品…餅のような食感)
パン

ちなみに鶏は、私がGICと一緒に育てたものも入っている。(まだ十分に大きくなっていなかったので、大き目の鶏を3羽だけGICから買ってきたの)。

そうしている内に、サッカー日本対カメルーンの試合も始まった。男達は、料理を手にテレビの前へ移動。私は「サッカーは結構どうでもよい」というママン達と一緒にサロンでご飯を食べながら、時に試合を気にして様子を見に行ったりしていた。時々子供が、「日本が点を取ったよ!」とか、速報を入れてくれる。でもたまに、「日本2点目取った」とかいう誤報も入る(笑)。私はカメルーン応援の帽子をかぶり、表向きカメルーンを応援している事になっているのだが、「日本が点を取ったよ」と聞いて、「エッ?ホント?」と顔を輝かせてしまい、周りの人に「やっぱりね~。どっちを応援しているの」と笑われた。
 それにしても、結局、日本、カメルーンに勝ってしまったねぇ。まさか勝つとは思わなかった。やばいな、みんなどんな反応をするかな、と思っていたけど、結構みんなあっさりと、「おめでとう~」だって。「(日本が勝ってしまって)悪いねえ」と言うと、仕方ないよ、サッカーだし。と大してガッカリした様子もない。私の身近な人ばかりの中で見たからだろうか。遠くにいる知り合いのカメルーン人から何人からも電話がかかってきて、やっぱり「おめでとう~」と言ってくれた。
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  1. 2010/06/14(月) 22:46:29|
  2. カメルーン生活
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