ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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バンジュンのシェフリー

旅の最後は、「バンジュン」という町だ。バンジュンも、フンバン同様、族長が今でも地域を統治している。(勿論、政府が任命した行政官は別にいるのだけれども、伝統的な酋長は尊重され、行政官とうまく折り合いをつけているらしい。)
 バンジュンのシェフリー(族長の家)には、カーズと呼ばれる建物がある。竹や藁などを使った伝統的な建物で、その形は可愛らしい小屋のよう。しかし、実物はとても大きい。きっと3階か4階建のビルに相当するだろうなぁと思う程だ。カーズは、族長の為ではなく、住民の集会などで使う為に作られたものだとか。
100529 バンジュン シェフリー

 シェフリーの敷地内にはやはり博物館が設置されており、この博物館も非常に良くできていた。バンジュンでは、昔から製鉄技術が発達したらしい。製鉄技術により、様々な道具(鍬・ノミや、針など)が作られ、それにより更に文化が発展したのだとか。ビーズを使った民芸品や、木彫りの彫刻なども展示されていた。また、そのデザインが独特なんだ。いいなぁ。
↓人が頭にカバをモチーフにした仮面を持ちあげている所(カーズ柱部分)
100529 バンジュン2

 私が住んでいる中央州、とくにバフィア・オンベサ辺りは、この様な王国が栄えると言う事がなかった。その為に伝統文化を伝えるという習慣もなく、私が「昔はどんな暮らしをしていたの?」と訊いても、「さあ~?」と答える人が多い。又、私のカウンターパートに、「植民地時代はどうだったの?」と訊くと、「植民地化されたお陰で、貨幣というものが導入されたんだ」と言っていた。植民地時代前には、私の任地付近では貨幣という概念が無かったようだ。しかし、西のフンバンやバンジュンという地方では、貨幣(貝など)も流通していた。
 その歴史の差が、今も感じられる。私が住んでいる地域よりも、今回旅した地域の方が、町や人が洗練されている感じなのだ。(私の任地の人達には悪いけど。。)この旅では、歴史の積み重ねの力というのを感じたな~。ま、村落開発普及員として働くには、今のように何もない地域で働く方が、やりがいはあるけどね。
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  1. 2010/05/29(土) 22:48:31|
  2. カメルーン生活
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