ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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訓練最後の日曜日

駒ヶ根訓練所で過ごす最後の日曜日。
ここでの生活がもうすぐ終わるかと思うと、切ない気持ちになる。
こういう気持ちになるなんて、自分でも思いがけないな。
ここで一緒に長い時間を過ごした友達と、少なくとも2年間は絶対に会えないと、わかっているからだろうか。
昼間のフェスティバルでは、芸達者な人達が色々な出し物をして、どれもこれも本当に楽しかった。見ている人もみんなで、歌ったり踊ったり。ある意味異常に密度の濃いここでの集団生活も、終わりが見えていて、その後文字通りみんな世界各地に飛び、そこで1人になるとわかっている。はっきりと口には出さなくても、全員の頭の中にその事があるので、みんな余計にはしゃいだと思う。
勿論、フェスティバルに参加した人達ばかりではなく、もっと小さなグループや個人で、思い思いに最後の日曜日を過ごした人もいたのだけれど。

サテ、ここで少し固い話。
昨日、フランス語授業でのディスカッションで、アフリカへの援助についての話題となった。
同じクラスのメンバーからは、現在の日本の援助システム(協力隊含め)について、かなり批判的な意見が出た。
「結局、援助って、援助する側のエゴなのではないか。」
「援助しているよ、というアピールをして、外交的に少しでも有利な立場を保とうとしているだけ。
(例えば、アフリカの某国に援助で米を送るという計画を立てたのだが、現地の収穫期にその援助米が届いたので、現地の米価が暴落して、農民達が被害を被った というような事例がある。)」
「協力隊についても、本当に現地の役に立っているかどうかは、疑問。(モチロン、素晴らしい成果を上げている人もいるので、それは人それぞれなのだが。)」
などなど。

「ただ、現状、アフリカが多くの問題を抱えているのは事実。だから、援助が必要なことは明白。問題は、どうやって援助するか、その方法だ。」と、私は思った。
しかし、我が師マダムSは、「アフリカが援助を必要としている」という前提そのものに対して、疑問を呈した。
「私は、アフリカが援助を必要としているとは思わない」と、彼女は言う。
そういえば、以前にも、「各国が寄ってたかってもう何年も前からアフリカを援助しているけど、アフリカの現状は変わっていない」と言っていたな。
その意見は、私にとって少なからずショックだった。アフリカが援助を必要としている、というのは、私の中で、考えるまでもない常識のようなものだと思っていたからだ。

マダムSの意見を聞いた後でも、私は、アフリカには援助が必要だと思っているし、協力隊事業も、全肯定はしないが、全否定もしない。何らかの意義はあると思っている。(ここにいて協力隊批判をしている人も、当然そう。制度ややり方が最善とは思わず、色々な問題点はあるが、結局やる意義があると思っている。でなきゃ、ここに来ないよね。)
ただ、自分の中で当然の事と思っていることこそ、もう一度改めて考える必要がある。って、この間村落開発の補完研修で、先生がおっしゃってた。これはまさにそんな事例だな。
2年後、国際協力や開発の方面に本格的に進もうとは考えていないので、開発論やら国際協力論やら、難しいことは全然考えていなかったのだけれども、協力隊としていく限り、「援助とは」という問題については、考えていかざるをえないなぁ。
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  1. 2008/06/08(日) 23:27:09|
  2. 派遣前訓練
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