ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

物語から切り離されて

又、村上春樹の話で悪いんだけど…。
「羊をめぐる冒険」は、すごく乱暴に要約してしまえば、謎の羊を探して主人公の青年がウロウロする話だ。ウロウロした青年は、北海道の山荘に辿りつき、そこで外界と隔絶した日々を過ごすことになる。ま、これ以上はネタばれになるといけないので書かないけれども、その外界と隔絶した日々の所、なんだか今の自分の状況に少し似ている気がした。
 というのも、協力隊としてアフリカのこの国に来ている訳だけど、ボランティアという立場は、ある意味、色々な世界のシガラミからフリーである。こんなに自由な立場というのが、他にあるだろうか、と時々感じる。
 ・まず、日本の社会から離れている。しかも、一定期間(2年間)は、戻りたくても戻れない。自分が属していた、組織や家族などから、隔絶状態にある。
・また、その期間が2年間と決まっている事で、すでに、その2年間は自分にとって「日常」ではない。言ってみれば、2年間全てが「旅の途中」とでもいえば良いだろうか。なんやかんやいっても、結局、「非日常」なのである。
・任地においても、当然、社会には「シガラミ」がある。むしろ、日本よりも社会に色濃く「シガラミ」が残っているように思う。しかし、「海外から来ている」しかも「ボランティア」である、という点で、任地でのシガラミに絡めとられずに済む。
 その上、バックには常に「日本」という国があると見られる。そしてボランティアというどこからもお金や利益を得る事がない立場で、市長・郡長に至る言わゆるエライ人達から、普通の人・お年寄り・子供達まで、対等な姿勢で話ができる。

 派遣前の技術補完研修で、技術顧問の先生が、「ボランティアは、あらゆる物語から切り離されている。物語から切り離された者が、新しい物語を作っていく事が出来る」とおっしゃっていた。「物語から切り離された」?と、聞いた時にはわかったような、わからないような気がしたものだが、今は実感できるなぁ。
スポンサーサイト
  1. 2009/08/29(土) 22:28:12|
  2. カメルーン生活
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。