ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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ゆるくていいけど、先は見よう

 大臣は朝出て行ったが、また帰ってくるんだって。料理人が残って、料理している。静かな日常はまだ帰ってこない。
 帰国までの今後の18ヵ月間の活動計画表を、1月末までにJICAに提出しなくてはならない。今後の活動の事を考えながら、「どうして、カメルーンが(もしくはアフリカが)なかなか発展できないのか」と、考えた。
 日本とどこが違うか、と考えると、結構どこもかしこも違う。カメルーンの人達を見て感じることは、一言で言えば、「ゆるい」もしくは「許容範囲が広い」。
 「ゆるい」のは、時間に関する感覚もそうだし、働き方にしても、人の生き方にしても、様々な形態があり、それが許されている。
特に「働き方」もしくは「休みの取り方」が、違う。例えば、朝8時から昼まで働いたら、1時間休憩してご飯を食べる。そしてまた1時から夕方まで働く。というような事は、あんまりしない。働きながら、ちょっと休憩したり、またちょっと働いたり、という感じ。休むならガッツリ休み、食べるならちゃんと食べる、というようにすればいいのに、と思う。その方が、労働も効率が良いはずだ。しかし、そういう習慣がないのだろう。時間を決めて計画してやる、というのが苦手なようだ。
その「ゆるさ」もしくは「許容範囲の広さ」は、「人間が何をできるか」を信じている範囲の差でもあると思う。多分、日本人は、「人間がかなりの事をコントロールできる」と考えていると思う。それは、現代の暮らしでは、特に意識もせず、当たり前に思っていることだ。エアコンで暑さも寒さも、気温を調整できる。大抵の事は、予定通りに進む。雨でも風でも、(台風みたいにひどくない限り)日常生活にほとんど影響がないと言ってよい。だからこそ、不測の事態で飛行機や電車などが止まると、窓口に文句が殺到するのだ。例えそれが気象に起因するものでも。
しかし、カメルーン人は、「人間にできる事の範囲」を、日本人よりもかなり狭くとらえていると思う。だから、大抵の事は受け入れられる。会う約束は、雨が降ったら破られて当然だし、バスが故障して、何もないところで立ち往生しても、大した文句は出ない。
それはそれで良いのだが、発展という観点では、人間にできることの範囲を狭くとらえていることが、発展が滞るひとつの原因かも。「やっても無駄」とか、「まぁ、こんなものだ」と思っていれば、人々は頑張らない。経済的な発展のためには、「やればできる」と信じる事は結構重要かもしれない。
カメルーン(もしくはアフリカ全体?)のゆるさを、変えることは難しいし、変える必要もないかもしれない。ただ一つだけ、どうしても必要だが現在欠けていると思う事は、各個人が、少しずつ、未来を予測して行動することだ。
今日は一日、どこでどう働くのか。そうすれば、どこでお腹が減るのか。何が必要なのか。一日の後は1週間。1週間家族が暮らすために必要な食料はどのくらいか。お金はどのくらい必要か。それから、1ヵ月・1年。今年、学費はいくら必要なのか。
多くの人は、お金を貯めていないという。お金を貯めていないと、いざという時に困る。綺麗な洋服を買って着ているのに、子供が病気になったら、病院に連れていけない、とか言うことも起こる。
もう少しだけ用心深くなり、先の事を見越しながら行動すれば、収入がそんなに増えなくたって、酷いことはないと思うのだけど。
 っていうことは、家計簿かな~。家計簿をつけることを学んでもらえれば、そういうことを考えるようになるかな。。読み書きができること前提だから、ムズカシイかもしれないけど。
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  1. 2009/01/19(月) 22:37:46|
  2. カメルーン生活
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