ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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Merci et Au revoir!

明日夜、カメルーンを発ちます。

過ぎてしまえば、2年はあっという間でした。
色々あったけれども、やっぱり来て良かった、と今思います。

帰国後の事はまだ何も決まっていません。
でもこのブログは、これでおしまいにしたいと思います。
帰国後は、又別の物語になるでしょう。
どうも、ご愛読ありがとうございました。

日本で、会いましょう!

100610 カマネマガ
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  1. 2010/06/21(月) 15:48:46|
  2. カメルーン生活
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さようなら、オンベサ

いよいよオンベサを離れる日。
荷作りを何とか終えた後、子供達に手伝ってもらって、家中を掃除した。
目の前の仕事に没頭している内に、感慨に浸る暇もなく、出発の時間。

今まで使った鍵を、母屋のPに手渡す。もう、ここには来る事がないのかなぁと思う。
カメルーンで一番の友人MFに挨拶した時が一番辛かったけど、
努めてさらっと別れを告げ、車に乗り込んだ。
オンベサにいた時間は、結構幸せだったなぁ。別れるのが、ちょっと切ない。
100615 さようならオンベサ (3)
  1. 2010/06/15(火) 22:22:43|
  2. カメルーン生活

fête

 パーティ当日。そして、ワールドカップサッカー カメルーンVS日本の試合の日でもある。
 朝7時には隣町のバフィアに向かい、昨日買えなかったものを調達した。両手一杯に持ち切れないほどの荷物になり、重くて腕が痛い。言われるがままに買ったけど、本当にこんなに食べるんだろうか…。
 料理は、一人では無理なので、結局身近な4人ほどの女性(招待客)にお願いした。勿論私も一緒に働いたけど。目標開始時間は13時。なぜなら15時にサッカーの試合が始まるからだ。
しかし、当然のごとく(?)料理の出来が遅れ、結局準備が完了したのは試合直前の14時30分。
テレビの前に座っている母屋の元大臣に「パーティ始めるので、ちょっとだけ来ていただけますか?」とお願いすると、案外すんなりテレビから離れて家に来てくれた。(実は大家である元大臣が私の家に入って来るのは2年間で今回が初めてだ。)
100614 fête (30)

パーティと言っても、招待客は全て大臣の系類家族。ファミリーのパーティなので、堅苦しい事はなし。まずは、「2年間無事に過ごせたのも皆さんのおかげです。どうもありがとう」と私が感謝の気持ちを述べた。すると、元大臣がその場で現地の言葉に訳してくれた。ご高齢の夫人方(元大臣のお母さんなど)が、フランス語が挨拶程度にしか分からないからだ。こちらの習慣でもあるご飯を食べ始める前のお祈りの言葉を、元大臣にお願いしたところ、彼はまず「彼女が2年間、事故なく大きな病気なく無事に過ごせた事を感謝します」と言ってくれた。
元大臣、ボランティアを要請した張本人の筈なのに、これまで私の活動にあまり関心が無い様子だったし、任期途中からは同じ敷地内に住んでいたけれども、私にとっては少し距離がある存在だった。でも、このパーティーが家族の為に開かれた事を、彼は喜んでくれたらしい。表情がとても優しかった。最後にそういう表情が見られて良かったなぁと思う。
さて、「じゃあ、食べましょう!」となった途端、戦いが始まった!ビュッフェ形式なのだけど、みな各々お皿を手に、料理の所に殺到。料理を作った女性達がそれを出来る限り整理しつつ、お皿に山のように料理を盛っていった。本当に、文字通り山のように!そして、各々好きな飲み物の瓶を取り、もぐもぐと旺盛な食欲で食べ始めた。あれだけあった料理が、あっと言う間に綺麗に無くなった。はぁ~、成程。これだけ食べるから、あんなに材料買え買え言ったのか。
100614 fête (25)

ちなみに、今日のメニューは・・・
アボカドのサラダ
葉野菜と白身魚のソテー
魚の切り身の揚げもの
鶏のトマトソース
イニヤム(山芋の蒸したの)
バトンドゥマニヨック(キャッサバの加工品…餅のような食感)
パン

ちなみに鶏は、私がGICと一緒に育てたものも入っている。(まだ十分に大きくなっていなかったので、大き目の鶏を3羽だけGICから買ってきたの)。

そうしている内に、サッカー日本対カメルーンの試合も始まった。男達は、料理を手にテレビの前へ移動。私は「サッカーは結構どうでもよい」というママン達と一緒にサロンでご飯を食べながら、時に試合を気にして様子を見に行ったりしていた。時々子供が、「日本が点を取ったよ!」とか、速報を入れてくれる。でもたまに、「日本2点目取った」とかいう誤報も入る(笑)。私はカメルーン応援の帽子をかぶり、表向きカメルーンを応援している事になっているのだが、「日本が点を取ったよ」と聞いて、「エッ?ホント?」と顔を輝かせてしまい、周りの人に「やっぱりね~。どっちを応援しているの」と笑われた。
 それにしても、結局、日本、カメルーンに勝ってしまったねぇ。まさか勝つとは思わなかった。やばいな、みんなどんな反応をするかな、と思っていたけど、結構みんなあっさりと、「おめでとう~」だって。「(日本が勝ってしまって)悪いねえ」と言うと、仕方ないよ、サッカーだし。と大してガッカリした様子もない。私の身近な人ばかりの中で見たからだろうか。遠くにいる知り合いのカメルーン人から何人からも電話がかかってきて、やっぱり「おめでとう~」と言ってくれた。
  1. 2010/06/14(月) 22:46:29|
  2. カメルーン生活

買い出し

オンベサを離れる前に、もうひとつやる事が残っている。それは、私の近所に住むお世話になった人に、感謝の気持ちを込めてFête(パーティ)を開く事だ。
 今日はその御馳走の買い出し。招待客でもあるJが付き合ってくれた。(御馳走はカメルーン料理なので、私では材料が良く分からないのだ。)招待客は、私の家の周りに住む3家族計30人位。子供も含めてだから、そんなに多くはないかな、と思ったのだけど、Jは、「魚は5キロじゃ足りないわね。もっと足さないと。それから、葉野菜は10束、トマトは5山、油は3リットル、イニヤムは4000F分必要ね。」と、言う。え~?30人でそんなに食べる?その他に鶏6羽、パン・バトンドゥマニヨックもあるんだけど。
 買い物はものすごい量になったし、オンベサでは探せないものもあって、又明日も買い出しに行く事になった。
  1. 2010/06/13(日) 22:43:30|
  2. カメルーン生活

終わったよ~

GIC-Aに最後の訪問。リーダーの家に行く前に、鶏の様子を見に寄って見ると、先日GIC-Kで見た時よりもずっと大きく育っている。おお、これならもうすぐ売れる!途中「元気がない」という事があったり、「餌代が無くて!」という事があったりして、こちらのGICは問題が多かったのだけど、メインで鶏を面倒みているマダムKが頑張ったお陰だろう。「あれから、ビタミン剤も買い足して余分にあげたりしているの。それで元気になったのよ」と言っている。エライ。
 GIC-Aは、活動当初から一緒に働き、結局一番縁が深かった。
 カマドをメンバー各家に設置したのだけど、それが割れたり使われなかったりしたのを見たのが、私がカマドの材料と形について模索し直すきっかけとなった。結果、カマドが今のより良い形にった。また、イモケンピを一緒に作って売って、赤字を出したりもした。(それが、現金収入向上の手段について改めて考え、養鶏を始めるきっかけとなった。)思い返せば、このGICは、私の活動の模索して失敗した部分に全部付き合ってくれているのだ。このGICに少しでも良い思いをして欲しいと始めた養鶏が、軌道に乗りそうで、本当に良かった。
 最後のGIC-Aとの会合は、非常に実際的なものになった。養鶏の出費と収入を表に書きだして、ちゃんと働けばきちんと利益が上がると説明。それはみんな納得なのだが、GIC内部として問題が一つ。それはメンバーの一人マダムKに仕事が集中してしまっていると言う事だ。そこでみんなで再度表を作成し、曜日毎に世話係を決定した。これで、このGICで養鶏が続いていくといいなぁ。
 最後まで引っ張った活動も、今日で終了!あ~、終わった!終わったよ!
  1. 2010/06/12(土) 22:55:11|
  2. カメルーン生活

終わりを実感

 朝ようやく電気が戻って来た。それで、山程の洗濯。これで引っ越し前の洗濯はひと段落だ。
 午後、JICA事務所から所長と調整員が来た。最後の任地訪問で、配属先に挨拶し、活動を振り返って次代へとつなぐ調整の為だ。カウンターパートの事務所に行き、4人で話をした。私の中で焦点にしたい問題は一つ。カウンターパートはともかくとして、配属先のGICは殆ど実体が無く、ボランティアの活動に何の関与もしていないので、実質活動を一人でやるしかないという事だ。それでも町の周囲の人が協力してくれるので、活動上の支障はあまりないのだけれど、それでも配属先なのだから、何らかの協力・協働が欲しい。2代目の隊員が私のすぐ後に赴任する事が既に決まっているので、彼女の為にもその事だけは伝えたかった。
 それにしても、カウンターパートの事務所で話をしている時に、ようやく実感として、「ああ、活動終わるんだな」という気持ちが湧いて来た。自分で言うのもなんだけど、結構頑張ったよな、自分。
  1. 2010/06/11(金) 22:49:18|
  2. カメルーン生活

ありがとう

 停電3日目。昨晩少し発電機が回ったので、その時に水が汲み上げられたのだが、午前中にはその水も無くなってしまった。荷作りする前に、色々きれいに洗濯したいのに。
 午後はGIC-Kへ最後の訪問。鶏は44日目で、もうすぐ売れる状態の筈なのに、行ってみるとまだ小さい。「買った餌の質が悪いのよ!」とGICのリーダーは決めつけているが、そうだろうか。餌は今まで何袋あげたの? と訊くと、3袋と少し。と言う。「餌のやり方が少ないよ!普通は45日間で6袋の餌を消費するって聞いているよ。もっと餌をやらないと大きくならないよ」と言うと、分かった、と納得した様子だった。どうやら、餌代を気にして、餌のやり方をセーブしていたらしい。
 餌は十分やっても、ちゃんと利益があるから!と表を作って説明すると、納得した様子。まだ2回目で、前回の利益で全てが賄えない為に今は苦しいのだけど、次からはもう利益がちゃんと出てくる筈。「養鶏を続けていってね」と言うと、「もちろんよ!」と彼女達は請け合った。「養鶏のノウハウは、もう私達の財産だもの。あなたは、私達に大きなプレゼントをくれた。本当にありがとう」とリーダーが何度も何度も繰り返し言ってくれた。このGICは本当にやる気があるし、彼女達の言葉には嘘が無いので、付き合っていて気持ちがよかった。彼女達と一緒に活動が出来て本当に良かったと思う。私こそ、こんな色々模索しながらの活動に一緒に付き合ってくれてありがとう。
最後にみんなでビールを飲んで、別れを惜しんだ。
  1. 2010/06/10(木) 22:48:09|
  2. カメルーン生活

雨のち晴れのお別れ

 昨日の晩から停電。朝起きたら水もなかった。ハァ~、ショック。色々洗いたいものが沢山あるのに。
 
 今日は、カウンターパートが、オンベサの農業省関係者とGICのリーダーなどを集めてささやかなお別れ会を開いてくれるということだったんだけど、あまり期待できなかった。というのも、彼はだいぶ前から、「お別れ会を開いてあげるね。GICのリーダー達を呼んで」とか、良い事を言ってくれていたんだけど、今週月曜日になっても、全然準備をしている様子もない。(ちなみにウチの母が来る前にも、「お土産にカメルーンのネックレスなんかを用意するよ」なんて言って私を喜ばせておいて、何もしなかった。何もしないなら、何も言わなければよいのに。)私が企画した研修室の講座に顔を出そうともしなかった事もあり、私は最近少し彼に対して信頼を持てないでいるのだ。
 12時に来い、と言われてその時間行ったのに、カウンターパートはずっと他の人と、何かの申請書類の記入作業に追われている。すっかり仕事モードだし、呼ぶと言っていたGICのリーダー達は殆ど来ていないし。やっぱりこれじゃお別れ会は開かれないんじゃないか、と思った。がっかりだ。私から言い出した事じゃないけど、やっぱりちゃんとお別れをしたかったし、お別れ会も開いてもらえないんじゃ、私が2年間やって信頼関係を築いて来たと思ったのも、幻想だったのかな、と思ってしまう。(GICのリーダー達が悪いんじゃなくて、ただ単に、カウンターパートの会の取りまとめ方が悪いだけなんだとは思うんだけど。)
 少ししょんぼりと、それでも他の人が仕事をしているのを待っていると、事務所の横の店のSが、「帰っちゃうんだってね」と声をかけて来た。「帰る前に何か頂戴よ」と言う。又か!そういう事を、しょっちゅう言われるのだけど、友達だと思っていたSにまで言われると、本当に凹む。「あなたには、カマドを作って作り方教えたでしょ」と言ったのだけど、「何か物が欲しいのよ」だって。あ~、全く! 2年間働いて、自分では頑張って、出来る限りの事をしたつもりなんだけど、やっぱり「物(やお金)を頂戴」と言われ続ける。それは、この国では仕方が無い事だと、頭では理解していても、気持ちはやっぱり、何だか自分がしてきた事を否定されるようで、がっかりするのだ。
 
 気持ちが凹み過ぎて、もう、家に帰ろうと思った。カウンターパートに最終レポートを渡して、「私はもう帰るよ。お別れ会も無いみたいだし」と、告げた。すると、「エッ?!そんな、お別れ会はするんだよ。そんなに短気にならずに、もうちょっと待ってよ」と彼は慌てて私を引き止めた。あれ?やる気なの?
 しばらくすると、カウンターパートの部下がバイクでビールを1ケース運んできた。又別のGICのリーダーが、ピーナッツが入った袋を持ってやって来た。何とかお別れ会の体裁が整ったようだ。
カウンターパートが、お得意の演説を始めた。「私たちはいつも、外からの援助を求めようと考えてしまうけど、彼女は私達の問題を掘り下げ、その問題に対して何ができるか、しかもこの土地にある物や人の中で、問題を解決する方法を模索し、それを伝えてくれた。私たちはこれから、自分たちで自分達の問題を解決していくのだ」
おお、何だ。分かってくれているのじゃん。その内容は、私が最終レポートの最後に、伝えたいメッセージとして書いたのだけど、それを受け止めてくれたのだと思うとやっぱり嬉しかった。
「Grand merci(本当にありがとう)」と言われ、ジーンとした。その上、予期していなかったカメルーン50周年の布のプレゼントまで用意されていた。その気持ちが嬉しいなぁ。私もゲンキンなもので、ありがとうと言われると、さっき凹んだ事など忘れ、やっぱりやってきて良かった。と思う。見返りを求めてボランティア活動をすべきではないと思うけど、やっぱり、喜んでもらって「ありがとう」と言われたいものね。
 みんなでビールを飲み、最後にみんなで写真を撮って、お別れした。
100609 ささやかなお別れ会 (4)
  1. 2010/06/09(水) 17:37:12|
  2. カメルーン生活

悲しい出来事

 今日はCEACの講習会というのに呼ばれていたのだけど、その前にムッシューMの家に寄ってみた。ムッシューMは養鶏の時にお世話になった人なのだけど、夫婦そろって私の事を気にかけてくれ、何かと声をかけてくれたりした。奥さんのお腹に赤ちゃんがいて、丁度6月に生まれる予定だという事だったので、「帰国前に生まれたら、赤ちゃんを抱きに行くね」と約束していたのだ。最近連絡がないけれど、どうしているだろう、と思って。
 家にムッシューMはおらず、マダムだけだった。パッと見た瞬間、お腹がそんなに膨らんでいない。「どう?元気だった?」と挨拶すると、「Ça ne va pas!私、先週木曜に赤ちゃんを産んだのだけど、死産だったの」と彼女は泣きだした。
 「前回妊娠した時にも、同じだった。あの時は男の子だったけど、今回は女の子だったの。可愛い女の子だったのよ!生まれた時に、ほんの少し産声を上げたけど、すぐに死んでしまった。最初の時には、みんなが、『最初の子供は大変だからそういう事もある。次回があるよ』と言ってくれたけど、これで2度同じ事が続いてしまった。なんでだかわからない。これでもう、夫は別に女の人を作るかもしれない。だって、彼は子供を欲しがっているんだもの。アフリカでは家庭の真ん中には子供がいなくちゃいけないのよ。」
 私も本当に悲しくなった。あんなに子供を楽しみにしていたのに、こんなことになってしまったなんて。「でも、希望を捨てちゃダメよ。きっと次はうまくいくよ」とぎこちなく慰めるしかない。しばらく肩を抱いて話を聞いている内に、彼女も少し落ち着いて来た。きっとまだ心は悲しみで一杯だろうけど、私に対しては「また次に頑張るわ」と言ってくれた。
 会えるのも最後になるかもしれないと、持って来ておいたささやかなプレゼントを彼女に渡して、彼女の家を後にした。
  1. 2010/06/08(火) 22:35:39|
  2. カメルーン生活

何とかなる

 今日は堆肥作り講座第2回目、実践編の日。堆肥作りの材料である家畜の糞を、母屋の家畜担当のMに頼んでおいたのに、朝、何度電話しても繋がらない。ムム~。困ったな。
仕方がないので、裏の子供に手伝ってもらいつつ、鶏糞2袋と豚の糞を1袋、袋に詰めた。袋と言っても、肥料とかを入れる50キロの袋だから相当大きいんだよ。もう、重くて大変。ただ、鶏糞はすっかり乾燥していたし、豚の糞も殆ど堆肥化してしまっていたのしかなくて、両方とも匂いがなかったのが救いだったけど。私はもうこの時点で結構疲労困憊。
 Mはその後来て、「停電だから携帯のバッテリーが切れてて」と言い訳しながら、集めた糞をバイクで運んでくれた。
 講座は12時から。前回雨にも関わらず1時間前にオンベサに着いていた講師のE氏が、12時になっても現れないので電話をすると、「今オバラにいる。今日は行けないんだ」だって。エ~ッ!確かに先週、「もうすぐイスラエルに研修に出かける予定だから、来週は厳しいかも。何とか調整するけど…」と言っていたけど、何にも連絡くれなかったじゃない。ま、もしかしたらとは思っていたけど。。もう、仕方ないな~。
 講師のE氏も来ないし、材料の調達も難しいので、今回は堆肥を積むのは止め、簡易液体肥料のみ作ることにした。容器となるドラム缶を探して右往左往したり、100リットルの水を井戸で汲んだり、参加者同士、ああだこうだと議論しながら、何とか形にする事ができた。講師もいないし、私はもう他の参加者に殆ど任せていたけれど、みんな結構何とかするもんだな。

 カメルーンに来て何度も思うし、この間も似たような事を書いたけど、この国では「あらかじめ何もかも段取りしておく」という事はできないし、しない。全てを段取りしておく事に慣れている私にしてみると、「大丈夫なんだろうか」と思うけど、「その場で何とかする」というのがここの人のやり方だし、結構何とかなるもんだ。
 心配していた堆肥講座もこれで終了。ちょっと肩の荷が下りた。
  1. 2010/06/07(月) 22:33:50|
  2. カメルーン生活

荷作りしないと~

 裏の家に石鹸を作りに行った。いつも身近にいるけど、なかなか私自身の活動を見てもらう機会がなかったので、手軽な石鹸なら、と、帰国前のプレゼント代わりに。みんな結構楽しみにしていたようで、子供達も、目の前で石鹸が出来るのを興味津々に見ていた。

 同期隊員のKが、今日一足先にヤウンデに引っ越した。ヤウンデへの通りがかりで家にも寄ってくれたんだけど、私の家の、荷作り途中の惨状を見て、「あ~、結構物が沢山あるねぇ。台所とか意外に大変なんだよ。頑張ってね」との一言。そっか、このままじゃマズイ。私は6月15日に引っ越しの予定だけど、それまでほぼ毎日活動の予定が入っているのだ。もう活動終わってもよい頃合いなのに、何だかギリギリまで引っ張ってしまった。その間を縫っての荷作りだから、早めにやっておかないと、後で泣く事になる。はぁ。
100603 雨上がり
  1. 2010/06/06(日) 22:25:32|
  2. カメルーン生活

28年

 先日元サッカー選手の北澤がカメルーンに来て取材して行った模様が、今日、ニュースゼロで放映される予定だったのに、首相交替のニュースで延期になったんだって。私がカメルーンにいる2年の間に、何度首相が変わった事だろう。カメルーンなんて、28年ずーっと同じ人が大統領なのに(それも問題だけど)。

 さて、今日はボゴンドという村のGICに、養鶏の概要を説明に行って来た。養鶏をしたいというグループはとても多いのだけど、みんな、具体的にどうしたら良いのか、お金はいくらくらいかかるのか、と言う事を知らない。だから実際に一緒に養鶏をしなくても、「養鶏って大体こんなものだよ」という話をするだけで、前よりも具体的にイメージが出来てくるから良いと思う。養鶏を始めた時には、こういう講義ができるとは予想していなかったけど、良い副産物だ。
 夜、子供達がプルーンを持って来てくれた。プルーンと呼ばれてはいるけれども、あのフルーツのプルーンではなくて、もっとネットリした木の実。サフーとも呼ばれていて、焼いて食べるのが一般的。プルーンの季節には、どこに行っても山のようにプルーンが売っているし、みんなも好んで良く食べる。もう、そんな季節になったなぁ。
プルーン
  1. 2010/06/03(木) 22:56:50|
  2. カメルーン生活

エンザロジコ 初火入れ

 明け方又雨。涼しい。少し寒いぐらいだ。
 今日は、先日(5月18日)に作った大きなカマドの初火入れの日。朝7時頃家を出たが、バフィアで車が出るのを2時間半も待った。ここ数日の雨で道がぬかるんでいるので、ボキートから先もバイクではなく車で行こうとしたら、そっちまで行く人がなかなか集まらず、車が出なかったのだ。
 予定より大幅に遅れ、11時頃KEDIA着。カマドを設置した家のマダムが私の到着まで火入れを待っていてくれた。
カマドは、聞いていた通り、表面が結構派手にひび割れている。やっぱり、土に草を混ぜた方が良かったかもしれない。それから、ブロックの表面に塗る土が少ないと、土同士でくっつきあう力が少ないので、ひび割れて落ちやすい。次回はもっと土を多くのせるようにした方が良いだろうな。
100602 エンザロジコ 初火入れ

 熱の回り具合はどうだろう。真ん中の薪口に火を入れると、当然真ん中の鍋は良く煮える。今回マニヨック(キャッサバ)を煮たが、やはり石を置いただけのカマドより早く煮えたようだ。でも、横2つの鍋にはなかなか熱が行かない。少し温かいかな?という程度。これじゃ、何かに火を通したりする事は難しい。ウ~ム。そこで、結局横2つのカマドの中にも少し薪を置いて、真ん中の火が横にも回るようにした。すると(当然だけど)横の鍋も熱くなった。やはり、こうして使うしかないんだろうか。エンザロジコ本場ではどうしているんだろうか。知りたいな~。とはいえ、私の任期はもう終わりなので、後はKEDIA隊員のMちゃんに託すしかない。
帰りは、すぐにバフィア行きのトラックに便乗する事ができて、すんなり家にたどり着いた。
  1. 2010/06/02(水) 22:46:23|
  2. カメルーン生活
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