ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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階級社会

 カウンターパートのMB氏がGICのリーダーを集めての集会。MB氏が「GICは、活動を記録しておき、年に一度はレポートを出さなければならない」と熱弁をふるっている。GICは、地元の農民がグループを作って役所に登録をしているのだけど、そんな普通の農民グループに「レポートを出せ」と言っても、実現は結構難しい。
 カメルーンに来て思ったのだけど、ここは結構権威主義。ヒエラルキーがはっきりしている。貧富の差も大きいし、権威ある職業(役人とか先生とか)についている人が本当に幅を利かせている。そして、紙に書かれている事が重要で、普段は色々な事があいまいなのに、役所の手続きなどは結構複雑なのである。だから、「レポートを出している人が、仕事をしている人」というイメージがある。(それで、GICにもレポートを出せ、ということになる。)
 服装にしてもそうだ。エライ人はそれなりの服装をしている。服装によりその人の地位がわかるという感じ。だから、「一見すごくラフな服装なんだけど、実はビンテージのジーンズですごくお金がかかっていてオシャレ」というのは、こっちではあんまりないんじゃないかな。ここではオシャレな人は、「これでもかっ」という位ビシッと決めている。バリっとアイロンのかかったシャツに、真っ白な、シミ一つないズボン、先のとがったピカピカの皮靴って具合にね。すこし動いただけで洋服や靴が汚れてしまうこちらで、その綺麗さを保つ為に陰でどんな努力をしているんだろうなぁ。

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  1. 2010/03/31(水) 22:50:49|
  2. カメルーン生活

帰国日決定

日帰りでヤウンデへ。歯医者と、年度末のお金の清算など。ついでに事務所から、「帰国ハンドブック」なるものと、「帰国時の手続きについて」という書類をもらってきた。
 ハイ、帰国日決定です。
 6月22日(火曜) 21 :00 ヤウンデ発 (スイスエアラインズ LX275)
 6月23日(水曜) 6 :25 チューリッヒ着
             13 :00 チューリッヒ発 (スイスエアラインズ LX160)
 6月24日(木曜) 7 :50 成田着
(帰国日翌日から29日まで東京で帰国後研修あり。)

 全然関係ないんだけど、ワールドカップ予選 カメルーン対日本の試合は、6月14日です!ウーン、帰国1週間前。任地で見ることになるかな~。ソニーが、パブリックビューの大きなテレビをカメルーンに設置すると聞いているけど、どこでやるんだろうか。オンベサ希望なんですけど・・・。シルヴプレ!
  1. 2010/03/30(火) 22:15:38|
  2. カメルーン生活

パラダイス

 カメルーンには、大乾季・大雨季・小乾季・小雨季と、4つの季節があるんだけど、雨が多いか少ないか、暑いか、少し涼しいめか、という位の違いなので、日本ほど激烈に季節を肌で感じる訳ではない。けれども、確実に季節が移り変わっているなぁと感じるのは、フルーツによってだ。この間まではパイナップルが全盛だったけど、今は断然マンゴー!もう、木から鈴なり。ゴロゴロなっている。地面にも落ちている。道行く子供が手に手にマンゴーを持って食べながら歩いているし、バケツ一杯100円!という価格で売られている。
 私の家にも、マンゴーが集まりだした。最初は自分で買ったけど、その内に子供が持ってきたり、母屋からもらったり。前に貰ったのが無くならない内に、次のをもらう。途切れる事のないマンゴー天国だ。
  1. 2010/03/29(月) 22:14:06|
  2. カメルーン生活

「文明人」は、誰のこと?

突然だけど、「文明国」とか、「文明人」という言葉の影に隠れているのは、「未開の土地」とか、「野蛮な人」という言葉だと思う。「文明人」とかいう言葉を使う時には、意識するしないにかかわらず、「文明人」=自分であり、「野蛮な人」達に対する優越感というのが根底にあるのだと思う。
カメルーンに来る前の、村落開発の研修の中で、私はその事に気がつかされた。だから、他の人が「文明国」とか「文明人」とかいう言葉を使う度に、ちょっと、「アッ」って思う。この人は、カメルーン人(に代表される途上国の人々)に差別や偏見も持っていないように見えるけど、やっぱり根底には優越感というものがあるのかな?って。ま、言葉尻を捉えて断定することはできないのだけれども。
残念ながら、「自分達は発展している国から来た」という優越感を完全に払しょくする事は難しいようだ。ここでカメルーン人の為に働こう、と決意して来ている筈の隊員ですら、多かれ少なかれそういう優越感を内側に抱えているように思う。(それには、日本人としてのアイデンティティや誇りから来るものもいくらかあるとは思うけど。)

ところで、今日短波ラジオでNHKの放送を聞いていたら、こんな話が耳に入って来た。『明治時代(だったと思う)に、どこかの大学のエライ先生が、「人間展覧会」というのを考えた。生きた人間を並べて観察の為に展示しようというのだ。並べられる人間は、沖縄人・アイヌ人など…。日本人やヨーロッパ人はいなかった。つまり、「文明人」が「未開人」を観察しようという訳だ。』
ラジオで語っていたのは、「沖縄の人が本土に来てアイデンティティの問題などに直面するのを助けよう」と関西で活動している沖縄出身の人。昔は沖縄の人に対する差別もひどかった、とその人は言っていた。その差別は、沖縄返還後まで続いたらしい。

常に自分を「文明人」の部類に入れる事が、根拠のない事であると知っておくのも、大切だなぁ、と思う、今日この頃でした。
(この文章を読みなおすと、「本当にエラソーな事を書いているな、何さま?」と自分でツッコミを入れずにはいられない。でも、ま、折角書いたから…)

100329 セレスティン (4)

  1. 2010/03/28(日) 22:12:20|
  2. カメルーン生活

ブルータス、お前もか

友人Lが突然来て、「鶏が買いたいんだけど、あなた鶏を育ててるって言ってたよね」って。あら、それは鶏が売れるいいチャンス!Lの車に乗って、一緒にGIC-AFの所へ。こっちの人は鶏の大きさにはうるさいから、「小さいじゃない!」と言われないかちょっと心配したけど、鶏もあれから又少し大きくなっていたから、大丈夫だった。彼女は2羽買って、「バフィアに行かずに地元で買えてよかったわ~」と嬉しそう。私も、目の前で鶏が売れる所を見て、嬉しくなった。
100327 AFABO鶏を売る (6)

 午後には、「日本語を教えて~」と母屋で工事をしているムッシュJCが来た。彼はとっても感じのよいおじさんなのだ。でも、「なんで日本語習いたいの?」と訊いたら、「日本に行って、女の子に出会いたい」だって。やっぱりそれか。ま、いいけど。
 彼はとても飲み込みの良い人で、「こんにちは、私の名前はJCです。あなたは?」などという会話を早速マスターしていた。日本語教えて、と来る人は結構いるけど、みんななかなか長続きしない。彼はどうかな?
  1. 2010/03/27(土) 22:11:10|
  2. カメルーン生活

キャンドルナイト

昨日からずっと停電。夜になっても発電機が回らない。母屋のBに、「回さないの?」と訊いたら、「燃料がないんだよ」だって。あ~あ。それで、だいぶ前に姉から送ってもらった蜜蝋の大きなろうそくに灯をともしてみた。炎が大きくて、明るい。匂いもなくて、流石に良い蝋燭はいいなぁ~。
  1. 2010/03/26(金) 22:10:01|
  2. カメルーン生活

突撃アポ

 ヤウンデに行く途上にある、オバラという町へ行く。堆肥作りの先生になってくれそうな人がいるからだ。連絡先だけ以前教えてもらっていたのだけど、電話してみたらオバラにいる人だった。
 こういう、一度も会った事がない人にアポ取って会いに行く、と言う事は、カメルーンでは結構簡単。私が白人だから、という事もあるけど、元々カメルーン人は、求められれば拒否しないという許容量の広さがある。みんな快く会ってくれるし、お喋りの中で色々教えてくれる。ま、ここにお金が関わって来ると話は途端に複雑になるんだけどね。
今日会ったムッシューEも、良い人だった。農業学校の先生をしているのだそうだ。お願いすれば、オンベサにも出張授業に来てくれそう(当然、交通費や謝礼は必要なんだけど。)
100325obara

問題はやはり、窒素源となる材料:動物の糞をいかに集めるかと言う事だな。うーむ。
  1. 2010/03/25(木) 22:07:09|
  2. カメルーン生活

帽子も頑張ってる

 カメルーン人は、日本人から見て、ビックリするほど物の管理が出来ていない事も結構ある。でも一方で、こだわりがあるものもある。その一つは、靴。ピカピカにしておくのがステイタスらしく、私のスニーカーが土埃にまみれているのを見ては、「洗わないと!」と注意してくる。それで、私も日本にいる時の5倍以上は頻繁にスニーカーを洗っている。(っていうか、日本でスニーカーを履いていても滅多に埃まみれになったりしないけど、こちらでは一回履いただけで埃まみれになるから、自然と洗う回数も増える。)でもね~、土埃まみれになるのは、しょうがないよ。最近気がついたんだけど、洗えば洗う程、スニーカーの布が痛むんだよね、当然のことながら。

 痛むと言えば、帽子。私は外出する時には帽子を欠かさないのだけど、日本からもってきた新品の帽子、今ではボロボロと言っても過言ではない。汗をかいたから、と何度か石鹸で洗う内に、布に施してあった加工(ろうそくっぽい加工?)がすっかり取れてしまい、へたってしまったので、クチュリエ(洋服縫製屋さん)にお願いして別の布を裏につけてもらった。でも、さらに、今では、てっぺんの布も破れて来て、その穴も日に日に大きくなっている。日光に晒されて布が弱っちゃったんだな~。あと3カ月ほど、この帽子をもたせたいんだけど…。今となっては、どんなにボロボロでも、愛着があって手放せないのだ。
帽子
  1. 2010/03/23(火) 22:19:22|
  2. カメルーン生活

日常へ

昨日の今日で、あわただしいんだけど、朝イチで任地に戻って来た。ここの所、非日常の連続だった気がする。一度、自分の日常を取り戻さないと。
  1. 2010/03/21(日) 22:05:01|
  2. カメルーン生活

さようなら

昨日、取材終了後、上京した。同期2名を見送る為。
飛行機は夜中の出発。帰国する2名は朝から荷作りと報告書の提出などに追われている。私たちに、「ああ、帰国の準備は相当段取り良くやらないと大変なんだな」、と身をもって教えてくれた。最後まで親切だ(笑)。

空港で、二人が出国の為に去って行く背中を見送りながら、2年間の終わりは、こんな風に結構あっけないものなんだなぁと思った。2人が帰って行く先には、日本がある。日本では、流れる時間の早さが違い、それぞれの仕事がある(教員の現職参加だからすぐに仕事が待っている)。ここでは、何だか家族みたいにお互いの関係が近かったけど、そういうものは徐々に失われ、日本の時間の流れの中に紛れていくのだろう。二人はあちら側の世界に行ってしまった、そんな気がした。
いやぁ、我ながら感傷的。
次は、自分の番なんだけどね
  1. 2010/03/20(土) 22:00:24|
  2. カメルーン生活

期待に応える受け答え

 サッカーの北澤選手がカメルーンに来たと先日書いたけど、彼はJICAの広報タレントにもなっているので日本テレビだけではなく、JICAのカメラマンもついて来た。北澤選手自身は、早くも昨晩、カメルーンを去ってしまったようなのだけど(2泊3日の超短い滞在!体力あるな~)、JICAのカメラマンは、カメルーンの隊員の活動状況を取材する為に残った。ということで、今日、私の任地オンベサにカメラマンが来て、活動している所をビデオカメラに収めていった。
 いやぁ、カメルーンの人々は、カメラを回すと、本当に撮る側が期待している事を言ってくれるね。優しいのかな。「ボランティア(私)と働き始めて、何か変わった事はありますか?」と訊かれて、GICのメンバーが、「私は本当に変わったわ!メンタル的にも知識面でも、もう全然違う。以前は何も知らなかったけど、今では、私は自分で鶏も育てられるし、カマドの作り方も知っているのよ!」と答えてくれてて、嬉しいんだけど、どこまでホントだろうと思わないでもない。いや、やっぱり嬉しいけどね。
 自分の活動している姿は、自分では撮影できないので、こうやって撮影してくれるのは、ありがたいね。自分としては良い記録になる。撮った映像は、JICAのホームページに隊員の活動紹介として載ったり、JICAの隊員活動紹介DVDに入ったりするらしいです。でも、できるのは当分先らしいので、多分帰国してからになるんだろうな。
↓撮影風景
100319 JICA取材@バリヤマ (6)

  1. 2010/03/19(金) 22:50:22|
  2. カメルーン生活

鶏、大きくなったよ

 GIC-AFへ。
 先日ヤウンデに行く前に1羽死んでしまったとブログに書いたけど、実はその後私が高熱を出している間にも電話があり、もう1羽死んでしまったと言う事だった。それで、畜産省のオンベサの役人に見に行ってもらったりしてバタバタしたんだけど、その後は大丈夫らしい。このGICはまだ養鶏している部屋の床をセメントで塗っていないから、衛生状態が少し不安なんだよね。床に敷いてた木くずを変えたりして対処したらしい。

 3月19日で、鶏を飼いだしてから45日になる。鶏ももう大きくなって売れる時期だ。これから売らずに長く飼えば飼う程餌を消費するので、私としては、なるべく早く売ってしまって欲しい。メンバーも「じゃ、そろそろ売りだそうか」と同意してくれて、どうやって売るかを相談してた。何とかなりそうだ。

↓こんなに大きくなったよ
100318 AFABOの鶏(44日目) (2)

  1. 2010/03/18(木) 22:48:18|
  2. カメルーン生活

カメルーン、日本で注目されているのかな?

 まだ本調子ではないなぁと思いながらも、今後のスケジュールを考えると今日任地に戻らないと、と頑張って荷作り。今回、思いのほかヤウンデに長居してしまった。

 サッカーの北澤選手が、カメルーンに来てサッカー教室などをし、その模様を日本テレビのニュース番組で報道するのだそうで、北澤選手、昨晩カメルーンに到着したんだって。今度のワールドカップで日本とカメルーンが対戦するので、カメルーンに注目が集まっているからだろうか。今晩は北澤選手と隊員とレストランでの会食も企画されていたらしい。参加できなかったけど、ま、いいか。
  1. 2010/03/17(水) 22:43:34|
  2. カメルーン生活

療養

熱はもう殆どないのだけど、まだ任地に帰るのは早いと思い、寝たり起きたり。明日には任地に戻りたいので、午後ドミトリーに移動して、洗濯などしつつ、ゴロゴロと寝たりして過ごした。
  1. 2010/03/16(火) 22:35:19|
  2. カメルーン生活

おどかすなよ~

 午前中に病院へ行く。ドキドキしながらマラリアの簡易テスト(血液でマラリア原虫がいるかどうかをチェック)を受けるが、陰性。あ~、ホッとした!なんだ、やっぱりただの疲れか。脅かすなよ!
 午後寝てたら、夜には熱も微熱程度にまで下がった。
  1. 2010/03/15(月) 22:34:02|
  2. カメルーン生活

マラリア?

朝一度熱が下がったものの、午後になり再度発熱。今度は39度まで。39度までの熱は、久しぶりで、流石にちょっとびっくりする。熱は夜中下がらず。疲れからの発熱かと思ったけど、こりゃ、マラリアかもな…、と半ば覚悟を決める。
  1. 2010/03/14(日) 22:32:49|
  2. カメルーン生活

送別会当日

  送別会は午後2時から。会場はJICA事務所。
でも、買い出しやら会場準備やら、企画物の準備やらで午前中からバタバタと動く。幹事以外の人もみんな気持ちよく手伝ってくれるので、ホントに助かった。
 幸い天気は晴れ。でも、晴れすぎて暑いと言う事もなく、程良い。
 帰国する19-4の5人は、こういうイベントには良くバンド演奏を披露してくれるんだけど、今回も期待に応えて演奏してくれた。「野外で、せいせいと演奏したい」という希望通り、外での演奏。とても気持ちが良かった。
 それから、ビデオ上映会、帰国する隊員からのプレゼント企画、そして再び19-4バンドによる演奏。
 最後に、残る隊員が全員合奏して、会は終了。
 いやぁ、幹事の自分が言うのも何だけど、結構良い会だったと思うよ。みんなの合奏、本番ちょっと(?)ボロボロになってたけどそれはまあ御愛嬌。
 7人がいなくなると、本当に寂しいけど、「送別会、精いっぱいやった」と思うと、ちょっと自分の中で整理が付く感じがする。

 今回、1次会では食事はなしで、夜、2次会をレストランでセッティングした。ビュッフェをお願いしておいたんだけど、そのレストランの雰囲気も結構良かったし、心配してた会費も足りて、幹事としてはホッとした。
 そして、私は実は1次会終了直後位から体調が悪くなってしまい、2次会もあまり生きた心地せず。2次会が終了しシニアのAさん宅に帰宅後、ベッドへ直行。案の定、夜中に発熱。ありゃりゃ。
  1. 2010/03/13(土) 22:27:48|
  2. カメルーン生活

途上国の交通事情

朝9時からドミトリーで交通安全委員会。これは、隊員が交通事故に遭わず安全に生活できるように、隊員自身で隊員の交通事故対策をしていこうと作られた委員会だ。(事務所からの依頼で止むを得ず作ったんだけど。)交通安全に関しては、やっぱり途上国は色々問題が多い。JICAの事前の研修では、
「バスに乗る前には、タイヤの状態や、運転手の状態を確認すること。整備が悪いバスや、様子のおかしい運転手のバスには乗らない」
とかいう注意事項を受けたけど、実際そんな注意を守っていたら移動はできない。(もちろん、様子のおかしい運転手なんて、今まで見た事ないけど。)来たバスに乗らなければ延々待つだけで1日終わってしまう。バスはぼろぼろで当たり前。そこに定員以上の人を押しこんで猛スピードで移動する。それが現実だ。任地では、庶民の足はバイクタクシーだ。「危ないから乗るな」の一言では片付けられない。
でも、やっぱり事故には遭いたくないしね~。現実とどうやって折り合いをつけていくかが問題。議論は毎回結構長時間になる。
今回は、事務所から、「バイクタクシーに乗る頻度をなるべく減らす」ということを目的に、今後自転車を必要な隊員に貸与するという対応をするとの連絡があった。カメルーン事務所ができてから4年近くになるけど、今まだ過渡期で、段々色々な事が整ってきたという所だろうなぁ。

午後は、2度目の合奏練習。昨日より参加者が多く、なんとなく形になって来た。
メッセージカード作り、夜中過ぎには終えた。みんなが手伝ってくれたおかげで徹夜せずにすんだよ。
明日、良い会になるといいな。合奏曲「all you need is love」をipodで聞きながら寝た。
  1. 2010/03/12(金) 22:25:37|
  2. カメルーン生活

All You Need is Love

 ヤウンデへ移動。今度帰国する19-4次隊と20-1次隊(現職参加)の送別会を土曜日に予定していて、私達20-1次隊の残り組3人が幹事なのだ。それで少し早目に上京して、準備。
 だいぶ前にみんなに、帰国する7人へのメッセージをお願いしていた。任地でコツコツとそのメッセージカードのデコレーションなどを進めていたのだけど、メッセージも集めきらなかったし、結局全部出来ず、残りはこの数日でやることになってしまった。大丈夫かなぁ。
 メッセージカードの他にも、残る隊員全員で、帰国隊員に向けて贈る全員合奏がある。曲目はビートルズの「all you need is love」。昨年の年末から楽譜を準備したりして(同期Kの親戚がアレンジしてくれた)結構力の入った企画だ。でも、残る隊員が帰国隊員に内緒で(ビックリさせる企画だったので)集まって練習するのが難しくて、今日が初めての合奏練習。ちと不安。
  同じ幹事の同期Kは、ビデオの編集に忙しい。帰国隊員の各任地に取材に行き、インタビューをしたのを編集するのだ。
 カメルーンでは1年ぶりの送別会で、7人もの隊員が去る。その中に同期2人もいる、という事で、送る私たちも準備につい力が入る。

  1. 2010/03/11(木) 22:24:14|
  2. カメルーン生活

橋の建設という活動

朝7時半にドミトリーをでて、バスでトンガという町に行く。
トンガには3月下旬に帰国する19-4次隊の村落隊員が2人活動している。村落開発普及員という職種は、活動内容も方法も特に決まっておらず、赴任した村の要望によって大きく変わる。トンガの2人は、村に流れる川にかかっている手作りの橋が不安定で危ないという事に着目し、コンクリートで安定した橋を建てようと村人に働きかけた。そしてその橋が、任期終了間際の来週にも完成するのだそうだ。
 11時頃トンガに着き、おひるご飯を食べた後、早速橋を見に行った。まずは、元々あった橋が目に入って来る。それはもう、丸太を渡した橋なのだけど、見るからに危なっかしい。
100305 トンガ (11)
川幅が思ったより広くて、橋もかなりの長さになっているけど、木は所々朽ちかけているし、農産物を頭の上に乗せてこれを渡るのは、多分相当大変だろう。
 その横に、建設中の橋があった。コンクリートで土台を作り、そこに木材で横ゲタを渡してある。それに来週縦板を渡せば、橋は完成だそうだ。成程、これはちゃんとした橋だ。
100305 トンガ (13)

 建設にかかる費用は、JICAの一般募集の援助資金を利用するにはしたけど、村人からも資金を集めたとのこと。村人に賛同してもらい、資金を集めるのが一番大変だったよう。また建設作業には村人もかなり協力してくれたとか。二人は、任期終了を目前にして橋が完成する事に満足している様子だった。
 職種は同じ村落開発普及員だけど、仕事のやり方は、私と彼らではかなり違う。でも、こうやって目に見える形になって残る活動も、悪くないなぁ、と思ったのだった。
 夕方、オンベサに帰宅。電気、戻ってきてた。(昨日、戻って来たらしい。)
  1. 2010/03/05(金) 23:56:20|
  2. カメルーン生活

のんびり

のんびりしていたらすぐにお昼近くになってしまった。KZが活動している学校を見に行きたかったのだけど、時間切れ。残念。みんな揃ってヤウンデに移動。
  1. 2010/03/04(木) 23:53:49|
  2. カメルーン生活

同期プチ旅行

 他の3人の同期隊員と共に、KZの任地、サンメリマへ。
 サンメリマは首都から私の任地から逆の南西方向に約2時間半。現大統領ポール・ビヤの出身地ということで、町が綺麗に整備されているとの評判だ。確かに、サンメリマに行く道の所々には、「ボール・ビヤと共に!」などと書かれた看板が立っている。
 ポールビヤと言えば、77歳になり、すでに28年間もずっと大統領の座に座っているのに、まだ次の任期も大統領を続けようとして、法律を変えてしまった人だ。その際、抗議活動なども起こるには起こったが、大きな対抗馬がいないことなどから、2011年の選挙も結局彼が選ばれるのではないか、と言われている。カメルーンのどこに行っても、ポール・ビヤの写真は額に入れて壁に飾ってある。例えば、レストランの壁にさえ。ポール・ビヤの顔写真が入ったTシャツや布地もポピュラーだ。ちょっと、独裁者が個人崇拝させている感じがして、嫌なのだけれども。
ま、そんなことで、バスがサンメリマに着いた。前評判通りきれいな街だ。ここで「キレイ」というのはどういうことかというと、道路の舗装がきちんとされていて車線がきちんと分かれている、とか、交差点の真ん中に緑地帯があって、像が立っている、とかそういう事。日本だったらそんな事に注目すらしないけど、カメルーンではそうなっていると「オッ」と思うね。店も、そこそこの品ぞろえのパン屋や雑貨屋が整然とならんでいて、まるで商店街。暮らしやすそうな町だなぁ。
 同期KZの家も、良い感じ。町からすぐの便利な立地だし、部屋数も多く、広い。水道は当然あり、しかも停電や断水も少ないらしい。こういう所で暮らしたら、2年間の印象もだいぶ違っただろうね、と、同じ村落系隊員と顔を見合わせた。学校教員隊員は、比較的環境が良い所に住める事が多い。それに比べて、村落系隊員の生活環境が良くないのはま、仕方がないね。
夜はホテルのレストランで食べ、その後KZの家で夜遅くまでお喋り。
  1. 2010/03/03(水) 22:46:51|
  2. カメルーン生活

GIC-AFの鶏の様子を見に行くと、今朝1羽死んでしまったと言われ、ショックだった。何故だかはわからない。買ったばかりのヒヨコの時に数羽死んだ(それはヒナの温め方が足りなかったからだと思われる)けど、それ以降は死んでいなかったのに。最近フンの匂いが気になって来たというので、風通しを良くするためにドアに少し穴を開けてみた。

 夜、2009年年末にテレビで放送した「日本有線大賞」のDVD(ドミにあったのを借りた)を見た。もし日本にいたら見ていたとは思えない番組だけど、ものすごく久しぶりに日本の歌番組を見たので、新鮮で面白い。流石に、氷川キヨシは、芸達者だなぁ。ルンバのステップを完璧に踏んでいる(ように見える…素人目だけど。)こういう、芸一筋って感じの人は、尊敬する
  1. 2010/03/03(水) 22:20:53|
  2. カメルーン生活

送別会準備

結局、今日まで電気もどってこなかった。停電9日目。
朝イチ、ヤウンデへ発つ。3月20日に帰国してしまう同期KZの任地を訪れる為だ。1日早く出て、今日はヤウンデで用事を足そうという魂胆。
3月に帰国する隊員は全部で7名。19年度4次隊が5人と同期20年度1次隊が2人だ。同期なのに先に帰ってしまうのは、彼らが現職教員だからで、4月からの新学期に間に合うようにするため。元々、「現職教員参加」という枠で来ていた為、訓練期間を含めて2年間の参加になり、私達よりは、3カ月任期が短くなるのだ。
 カメルーンから隊員が帰国するのは、実は1年ぶり。しかも、全隊員22名中7名が帰国するので、大きい。その上、私にとっては同期が帰国するということで、寂しくなるなぁと思う。あらかじめわかっていた事だから、言っても仕方ないけどね。
 母と叔母が旅行でカメルーンを訪れて帰り、今度は同期が帰国する。その次は、いよいよ自分の番だなぁと思う、今日この頃。
  1. 2010/03/02(火) 22:22:26|
  2. カメルーン生活

かまど探究再び

母が旅行の時にもって来てくれた絵本「エンザロ村のかまど」にヒントを得て、もう一度新しい形のカマドを試作してみようと、CEACのYに提案してみたところ、賛成してくれた。試作品を設置させてくれる人を二人で探す事になった。
  1. 2010/03/01(月) 22:05:49|
  2. カメルーン生活
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