ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

三重苦

日曜日で静かだ。
 料理でもしようと、野菜スープを作り始めたところで、ガスが終わってしまった。ガスはボンベに入っていて、終わったら町で新しいものと交換しなければならないのだけど、あいにく今日は日曜で店が休み。停電も7日目だし、電気なし、ガスもなし。2重苦か…と思っていたらその内、水道も出なくなって、3重苦になった。重なる時は重なるものだなぁ。わはは。
 水は、夜発電機が回ってから帰って来た。良かった~。
スポンサーサイト
  1. 2010/02/28(日) 22:03:57|
  2. カメルーン生活

今から、もう別れを

 裏の台所で少しMFを手伝っていると、MFがいきなり、「A(私)が日本に帰ってしまったら、どんなにさびしいか。今でも、ヤウンデに行ってしまっていない時に、閉まっている窓を見ると悲しいのに」と言った。そんな事を言われると、私も別れる時の事を想像してつい悲しくなってしまう。「そんな事を言わないでよ。まだ帰らないんだから。」と返したけれども。
 ただ、そう言ってくれる友人を得られただけでも幸せだ。
  1. 2010/02/27(土) 22:02:07|
  2. カメルーン生活

停電長すぎ

 停電5日目。普段停電しても大して愚痴を言わないカメルーン人ですら「停電長すぎ」と言い始めてる。

 今度の隊員送別会で合奏する予定の曲をたて笛で練習していると、その音を聞きつけてMFがやってきた。サービスでカメルーンでもポピュラーな曲を適当にふいてあげると、「どうやって、曲に合わせてどう指を動かすかがわかるの?」だって。ウーン、確かに。それは、私が幼稚園の頃からピアノを習っていたせいで、音を聞くと、どの音かがわかる(絶対音感とまでは行かないけどそんな感じ)為、それを適当に再現する事が出来るのだけれども、それを彼女に説明するのは、少し難しいのだった。
 考えてみれば、私の能力は、全て私が育った環境や、両親が与えてくれた教育のお陰なのだなぁ。
  1. 2010/02/26(金) 22:57:09|
  2. カメルーン生活

共食い

 夜、もう暗くなってから、家の外で私を呼ぶ声。「出ておいでよ!面白いものが見られるよ!」って。何だろう、って出て行くと、猿だった。それも、チンパンジー見たいのじゃなくて、もっと毛足の長い猿。食用だろうけど、本当に猿だなぁ。(みんなが、「マジステラ」と呼んでいたけど、辞書にその単語が無くて、それに当たる日本語がわからなかった。)
100225 食材としてのさる(マジステラ)

 私は、日本ではほぼ完全な菜食主義を1年ほど続けていたけど、カメルーンに来てからは何でも食べてる。でも、猿だけは別。猿だけは口にしたくない。だって、95%以上も遺伝子が同じなんだよ。ほとんど共食いだと思うんだよね~。
  1. 2010/02/25(木) 18:42:32|
  2. カメルーン生活

停電継続中・・・

停電3日目。どうやら、バフィアから来る送電線の電柱が倒れたせいらしい。長引きそうだ。

 マルシェ(市場)で、GIC-AFの書記係に会うと、「今度鶏にあげる薬はどうするの?」と訊かれた。「この間渡したでしょ?!」と答えて、再度説明すると、「ああ、そうだった!わかった、わかった!」って。大丈夫かなぁ。

 マルシェでは、3月8日の「国際女性の日」用の生地で作った洋服を購入。毎年、この「国際女性の日(journée internationale de la femme)」には、その年の洋服生地が売りだされる。(同じ柄で3色のバリエーション)。それで洋服を作り、3月8日行進するのが、恒例の行事なのだ。去年は、元大臣から生地をもらったのだけど、研修でケニアに行っていて女性の日を体験できなかった。今年は、みんなと同じ生地のドレスを着て、楽しもう、という魂胆。
  1. 2010/02/24(水) 18:40:56|
  2. カメルーン生活

à qui?

 山ほどの洗濯を片づけた後、外出。
 ムッシューMの家に行くと、お腹の大きな奥さんが迎えてくれた。赤ちゃんが生まれるのは6月の予定。帰国前に生まれたら、必ず顔を見に来るね、と約束した。女の子だったら私の名前をつける、とムッシューMが言っているらしいけど、それは止めた方が良いと思う(汗)。その子がかわいそうだよ。他の人から à qui? (ア・キ?=誰に?)とか言われそうで。
 GIC-Kに行くと、鶏が順調に大きくなっていて、安心する。その後もう一つのGIC-AFに寄ったけど、そちらも、問題なし。鶏は、このまま順調にいくかも。
 帰宅後、水浴びをして、姉が録音してくれたCD(手嶌葵の映画音楽のカバー集)を聞きながら夕寝。癒されるなぁ、この音楽。
 夜、嵐再来。ヘッドフォンをしても、音が聞こえないくらい。電気は戻ってこず。
  1. 2010/02/23(火) 18:38:14|
  2. カメルーン生活

オンベサ帰宅

 オンベサに帰宅。バスの中でグーグー寝てしまい、隣の人に大胆に寄りかかってしまっていたようだけど、優しい人でそのまま寝かせてくれたらしい。オンベサに着いた時に、運転手からも「よく寝られた?」と声をかけられてしまった。
 
 夜、大雨が降り、停電。つくづく、母と叔母がいる間に停電などなくて、良かった。
  1. 2010/02/22(月) 18:36:55|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記⑦ 最終日

★叔母の旅行記より抜粋★
ヤウンデで泊まったホテルモンフェベは山の頂にある見晴らしの良い所にありましたが、その少し下がった所に小山があって、そこを登って行った開けたところに、出っ張っている大きな、大きな黒い岩があって、そこにはルルドのマリア様が安置されていて、沢山の人たちが祈っていました。立ったまま何時までの何時までも声を出して祈っているグループはロザリオの祈りをしている様でした。膝まづいて両手を大きく広げて祈っている方々もいます。熱心に祈る姿に心を打たれました。何をそんなに祈っているのでしょう?私は思わず彼らの祈りに合わせて祈っていました。彼らの祈りが聴きとどけられます様にと・・・続けてカメルーンの全部の人達のためにも、ここで頑張っている日本の若者の為にも、帰国後の彼らの為にも祈らずにはいられない気持ちになりました。
100219 (39)


★母の日記より★
昨日の懇親会でテニスをしようということになった。
 8:30過ぎ 所長さんがラケットやクーラーボックスに水を沢山持参して来られた。早速ホテルのコートでテニス大会開始、応援するつもりで出かけた私もラケットを持つ破目になってしまった。サーブは届かないし、空振りばかり。一緒に組んだ相方には申し訳ないことをしてしまった。ひさしぶりのテニスで体を動かし 良く笑ってとても楽しかった。隊員家族のFさん夫妻、Mさん親子 成田でお目に掛かったその時からすぐに和やかな自然体のお付き合いができた。そういう仲間と一緒のテニス大会だったからなおさら楽しかったと思う。
 Mさん親子と一緒にヤウンデの町へ出かける。先日注文してあったクチュリエ(仕立てや)に行き 出来あがった洋服などを受け取る。私のワンピースはサイズ デザインともよかった。花柄のブラウスの襟はイメージと違い直してくれることに。もう一軒、手染めの布で袋ものやエプロンなどを作って売っている店に寄り お土産になる物を買う。
 昼食は所長さんのお招きを受けてご自宅へ伺う。奥様がご用意くださったおにぎり、野菜のてんぷら、うどんなどを皆、感激しながらいただいた。こころ温まるおもてなしに所長さん夫妻の優しさがこころに沁みた。異国にあって隊員がこうした皆様に支えられて活動できる幸せを感謝した。ところで一行が所長さん宅に着いた直後 にわかに暗くなり大粒の雨が勢い良く降りだした。まるで滝のようだった。カメルーンの雨季にはこうした雨が降るのだろうか。しばし見とれてしまったが いつの間にか止んでまた日が差してきていた。
 楽しく歓談しているうちに時が過ぎ ホテルに戻らなければならない時間だ。いろいろな体験をさせてもらったカメルーンの滞在は今日が最終日。23:30ヤウンデ発の飛行機でいよいよ帰国だ。とってもお名残惜しい。もうそんなに日が経ってしまったのかと思う。
 20:00ころ調整員のH氏がホテルに来てくださる。車とタクシーに分乗して空港へむかう。外は真っ暗、ときどきわずかな明かりの中で人々が涼を求めて集っているところなどを目にした。空港は夜中だというのにかなり混雑していた。手続きも済んでもうこれでお別れ。
 遠い日本から時間を掛けてAに会いに来て一週間を共に過ごすことが出来、ほんとうによかった。カメルーンでAが体感している空気や風をわたしの体と五感で体感したいという強い想いでやってきたのだ。出発前のアフリカ迄の長旅で途中体調を崩しAに迷惑を掛けるようなことになりはしないかという心配が杞憂に終わり何よりの幸せだった。任期が残り数ヶ月になったAがここまでやってこられたのも 大使館の職員、JICAの職員、そして先輩、後輩、同期の隊員に支えていただき見守り助けていただいたお蔭と感謝の気持ちが溢れてきた。Aにとってそれが大きな力になって励むことができたのだと思う。Aもほんとうに良く頑張ったと思う。残りの任期も気持ちを緩めることなく健康に留意して心残りのないように過ごしてほしいものだ。空港ではもうこれ以上姿が見られないというところまで手を振って別れを惜しんだ。ほんとうに素晴らしい旅をありがとう!旅を企画してくださった隊員を育てる会、同行してくださった元隊員のKさん、旅の道連れとして楽しい旅にしてくださったFさん夫妻、Mさん親子、そして多忙な中を姪のAに会いに行ってくれた愛深き妹、皆さんとともにほんとうに思い出深い楽しい旅が出来ました。定刻に飛行機はパリに向けて飛び立ち 一行は機中の人になりました。Au revoir 6月の帰国を待ってまーす。
  1. 2010/02/20(土) 18:30:34|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記⑥ 再びヤウンデへ。

★母の日記より★
10:00頃タクシーでヤウンデに向かう。
日本大使館へ表敬訪問。その後JICA事務所表敬訪問。それぞれカメルーンの印象や隊員の任地での様子など話した。訪問する機会を得て現地で日本の国を背負ってお仕事をされている職員のお話を聞くことが出来、またこちらからも家族の思いをお話させていただき良い交流ができたと思う。
夜は韓国レストランでJICA職員の方々と懇親会。カメルーンで中華料理や韓国料理が食べられるなんて驚き。職員のご家族も一緒で和やかな会だった。

★叔母の旅行記より抜粋★
オンベサには新しい井戸があった。援助で出来たものだそうだ。朝晩、子供達が水をくみに来て、頭に載せて運んでいる。水道を敷設する事は大変だから、このような深い井戸を掘ってきれいなよい水が得られるようにすることは、とても良い援助だと思った。

こちらに来て人々が頭の上に物を載せて運んでいる姿を目の当たりにして考えました。丹田に重心をしっかりと据えた正しい姿勢でなければ、水はこぼれる。彼らは水運びによって正しい姿勢を身に付けている。水運びは、彼らの堂々とした存在感のある姿、誇り高い姿の基ではないだろうか!これは私の直感による仮説です。
JICAの所長さんも「ここの人たちの誇りの高さは何処から来ているのでしょう?」と発言していらっしゃいました。誇り高い人たちだと感じるのは、私だけではないようです。
  1. 2010/02/19(金) 18:28:59|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記⑤ 歌い、踊る。

★母の日記より★
朝食後オーストラリアで医療を学ぶという若者の訪問をうけた。彼はオンベサで開催した原爆展を見てくれたそうだ。
午後はAの活動先訪問、徒歩でリーダーの家まで行く。庭の草地に椅子が用意されていた。徐々にメンバーの女性達が集まってきた。
100218 (2)

その席でAに通訳してもらいながら挨拶をしてお世話になっていることに感謝の言葉を伝えた。メンバーの一人が土地の料理を訪問した我々に振舞ってくれた。ほくほくしたお芋のようなものに黄色いソースがかけてあって 美味しかった。
100218 (7)

あみだくじでお土産を渡し盛り上がった。メンバーの人たちが歌を歌ってくれ その歌にあわせて 妹が踊りだすと女性達は大喜び、私もリズムにあわせ体を動かし楽しかった。帰りは 女性達と手を組んで一緒に歩いて途中まで送ってくれ、別れを惜しんだ。みんな明るく 陽気な人たちだった。
オンベサ滞在も今日で最後。明日に向けて荷物の整理。

★叔母の旅行記より抜粋★
子供の頃歩いた田舎道のような懐かしい感じのする道を延々と歩いてリーダーの家まで行った。お仲間が10人位集って私達を迎えてくださり、あちらのお芋(八つ頭よりもっと硬くがっちりしたお芋)に細かく刻んだ葉っぱの混ざったソースが掛かったお料理をご馳走してくださった。私には食べやすく、美味しかった。
その後、皆が歌いだし、その内踊りだし・・・私はこれを体験したかったのよと嬉しくなって、見よう見まねで一緒に踊ったら、皆さんも喜んで弾みが付き、皆で又踊って、とても楽しいひと時になった!ひじを折って、それを上下に動かしながら、音楽に合わせて飛び跳ねれば一緒に踊れる・・これが、私が会得したあちらの簡単な踊り方です。

 あちらの方たちのご挨拶はハグ。右、左そしてもう一度右、と3回のハグ。夏の汗ばんだ肌が触ることは日本では不快と感じていたが、ふくよかな胸の柔らかい感触は、心の優しさと温かさが伝わって、心地よいものだった!遠かった彼の地が、私の体の中に入ったかのように近く親しい地となった時です!
  1. 2010/02/18(木) 22:25:28|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記④ 市場体験

★母の日記より★
有難いことにAの熱が下がり 本人も元気を取り戻したようだ。今日は水曜日、オンベサで市場が開かれるとのこと。とても楽しみ!
その前にカウンターバートに挨拶に行く。事務所に行くが不在、近くにある建物で女性達の集会があり、しばらく同席する。3月8日の行事 女性の日の打ち合わせだそうだ。
もう一度カウンターバートの事務所へ、今度は会うことが出来、ご挨拶することができた。徒歩で市場へ行く。地元の人たちが作った野菜、果物 その他日用雑貨など 肉や魚まで売っていた。地面の上に広げて並べたり、パイナップルやパパイヤはバケツなどに盛られていた。とにかく買い物に来ている人や物を売っている人でごった返していた。Aと一緒に活動している女性のグループのメンバーの人たちにも思いがけず会えて、Aも喜んでいた。オンベサの特産パイナップルや野菜を買って帰宅。
その後市場で会った一人の女性が自宅へ呼んでくださり、車で迎えに来てくれ、訪問する。10カ月の男の子がとても可愛かった。赤ちゃんながら逞しさがあって、どんな大人になるのか楽しみな感じ。
夕食には市場で買った野菜でスープを作くった。パイナップルもとてもおいしかった。

★叔母の旅行記より抜粋★
オンベサの中心は道路から直ぐの広い平らな所で、ここに集会所や図書館、事務所などが散在していて、その間に大きな樹がポツンポツンと立っているような閑散とした広い所でした。集会所はドアーも窓も付いていない、外気の出入り自由なオープンな建物。ここで集会のために集ってきた方々、つまりAちゃんが一緒に仕事をしている方々にAちゃんが「私の母と叔母です」と紹介すると、皆さん満面の微笑で親しみを表してくださる。次々現れるお顔にどなたがどなたなのかと面食らいながらもご好意は充分に伝わりました。家族の繋がりの強いここでは肉親が訪ねてくるということは大きなポイントらしい。

 午後は乗り合いタクシーでマルシェ(市場)に行った。マルシェは週に一回開かれる。道路に面したちょっとした建物の中に店があるが、その奥に広い所があって、沢山のパラソルの下で、地面に農作物や日常品を並べて売っている。魚も日向で売っている。沢山の人でごった返して賑やか。週に一回買い物をしながら友達に会えるお楽しみの日なのだ。私達もAちゃんの沢山の友達に紹介されて楽しんだ。
こちらでは日曜日は午前中に教会に行き、午後は洗濯をするそうだ。

オンベサはパイナップルの産地でした。パイナップルのおいしいこと!日本では黄色く熟れたものを選びますが、こちらでは透明感のある浅い緑のものが、中が熟れていて食べ頃なのだそうです。日本で感じる刺すような酸味の強さはありません。素直な優しい甘さです。暑いところを帰ってきた時の水分補給と共に、素敵な癒しです!
  1. 2010/02/17(水) 18:23:21|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記③ 休養日

★母の日記より★
A.M6:30起床、Aが女性グループと始めたプロジェクトの鶏のところへワクチンを届けるため7:30にバイクタクシーが来て出かけた。Aは10:00頃戻ったが 体調不良を訴え熱まであった。シニアの母、叔母を気遣って長旅の疲れを取るようにと Aの配慮で今日は予定をいれずに休養日にしてあった。それぞれに体を休めのんびり過ごす。

★叔母の旅行記より抜粋★
こちらで一番欠けているものはインフラかもしれません。Aちゃんには、元大臣の屋敷の中に、プロパンガスレンジの台所、水洗トイレにはシャワーも付いて、居間にはテーブルやソファーも用意された安心な新しい家が与えられていましたが、シャワールームの床に排水の傾斜がなくて、せっかくのシャワーが使えない。もちろんお湯は出ない。時に断水、停電がある。その中でAちゃんはよく工夫して、しっかり暮らしている!
蓋付きの大きなポリバケツに常時水を貯め、それを少しづつ浄水器に通して、沸かして、冷まして、飲み水にする。やかんに2回お湯を沸かしてポリバケツに入れると、行水に丁度よい温度になる・・・等など
引率してくださった方は、カメルーンの小学校で先生をなさっていた元協力隊員でしたが、たっぷりのお湯に浸かるのは2年間の赴任期間の夢だった!と話して下さいました。
  1. 2010/02/16(火) 18:21:54|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記② オンベサへ

★母の日記より★
いよいよ今日は Aの任地へ行く日。
タクシーでオンベサへ向かう。ヤウンデの町の喧騒を抜けると景色が変わり まるで煉瓦を粉にしたような赤土の道路、海かと思うような大きな河、地平線まで続くサバンナを、猛烈な速さで走るタクシーの窓から眺めた。1.5時間程走って 夕暮れにAの家に到着。
ヤウンデの車と人が無秩序に行きかっているように見える所からほとんど人の姿を見かけないような静かな所へやって来た。長い一日だったがようやくAの住いに着き、旅の荷を解いて心身ともにくつろいだ。

★叔母の旅行記より抜粋★
ヤウンデの街の移動、そしてAちゃんの任地オンベサへの移動はタクシーを使いましたが、その運転には驚きました。信号は無いし、何の決まりも無い様子。強気の車同士がうまくすり抜けてぶつからない!オンベサへの2時間のロングドライブもすごい体験でした。車はガタガタ、道路も然り、なのにすごいスピードで走る!大きいトラックを追い抜こうとする、向こうから対向車が来る、うまくすり抜けて本来の車線に戻るとそこに大きな窪み・・でも運転手はレースを楽しんでいる様でもあります。始めはらはらしましたが、途中で悟りました・・この人たちは卓越した身体能力を持っているらしい・・多分本来私達も持っていたであろう能力が今も健在なのでしょう・・そう思ったら怖くなくなりました。
100215.jpg

 Aちゃんによれば、オンベサの人たちには「ヤウンデからタクシー」とは言えない、皆びっくりしてしまうから、との事。私は、終戦後から長い間1ドル360円の時代が続いてアメリカ人は本国では出来ない豪華な暮らしが日本で出来た、その頃の私達と反対の立場に立っている事を感じました。
 
私が本当に辟易したのは排気ガスです。古い車から吐き出される白い煙、黒い煙。、使い古された車をまだ使う貧しさの悲しみを痛く感じました。それと悪路を猛スピードで走る揺れに、左右不同視で焦点の合わせにくい私の視神経は参ってしまった様で、翌日は一日ぐったりでした。
  1. 2010/02/15(月) 18:19:02|
  2. カメルーン生活

視察の旅日記①ニョン川下り

★母の日記より★
長旅の疲れも忘れてしまうほど ワクワクしながら朝食を済ませ 本日のメインイベントである ンバルマヨのニョン川へ出かける準備。タクシーでンバルマヨへ向かう。
今日は日曜日、同行した妹がカトリックの信者なので 途中ヤウンデの中心地にある大きな教会のミサを少し見せてもらった。
100214 (4)

昼過ぎにニヨン川に着いた。
すぐにカヌーを楽しむことになり二人一組で丸太をくりぬいたカヌーに乗り込んだ。水面は鏡のように静かできれいな水だった。川の周囲には森が続き、時々鳥のなき声が静けさを破って耳に心地よくとどいた。水面を渡ってくる風と森の木々を貫けて来る風がなんとも言えず心地よかった。
100214 (28)

その後の昼食には地鶏の焼いたもの、焼き魚(なまずのようだった)フライドポテトにプランタン(バナナのスライスしたものを揚げたもの)だったが お腹もすいていたので美味しく食べた。
100214 (42)

夕食はAの同期隊員や後輩の隊員、それに事務所の所長さんまで駆けつけてくださり 中華バイキングを楽しんだ。隊員同士皆仲が良く 皆とっても優しい。どの顔も生き生きして目が輝いていた。Aちゃんよかったね。こんなにすばらしい仲間が一緒でね。
  1. 2010/02/14(日) 22:14:32|
  2. 日々のこと

母&叔母ペア カメルーン初上陸

 今日は、母と叔母がカメルーンに来る日だ。到着は夜中なのだけど、朝から何やら落ち着かない気分。何せ、成田→パリ(12時間半)+パリ→ヤウンデ(6時間半)という2日がかりの長旅なので、旅の間、体調でも崩してやいないかと、気が気ではない。
 飛行機は、17時頃着という事だったけど、1時間以上遅れて到着。でも、無事な顔を見てホッとした。
(明日以降のブログは、ゲストライターの母と叔母に登場してもらいます!)
  1. 2010/02/13(土) 18:12:37|
  2. カメルーン生活

ワクチン購入

バフィアへ、養鶏関係の買い物をしに。本当なら、GICのメンバーと一緒に行くべきなんだろうけど、私も時間がなかったし、GICのメンバーにも交通費がかかってしまうので、今回は自分だけで。(こういうところ、少し甘いのかもしれない。)
 買い物の内容は、餌に混ぜる魚粉や貝の粉など。それから、来週火曜日に投与を予定しているワクチン。ワクチンは冷蔵庫に保存しなければならない。買い物の後、午後からヤウンデに行くのだけど、停電が多いオンベサのこと、留守中の停電が心配だ。
  1. 2010/02/12(金) 18:10:32|
  2. カメルーン生活

空まわり

 GIC-AFのリーダーのところへ。
 16:00においで、と言われていたのに、リーダーの家に行っても、誰もいない。メンバーもいないし、リーダー本人もいない。彼女の旦那様曰く、「明日の青年の日の祭りの準備に行ってしまっているんだよ。他のメンバー達も、今日は市場の日だからみんないない。集会として水曜日は適当じゃないね」だって。だけど、私が今日のこの時間、と決めたわけじゃなく、リーダーが水曜日の16時って決めたんだよ。それも、前回話をしましょうというのを、延期して今日だったのに。2回目だったので流石に、私の中で怒りが湧いて来た。怒りというより、悲しみか。彼女達、本当にちゃんと取り組む気がないんじゃないだろうか、自分だけがアクセクと動いているけど、それは全部空周りなんじゃないだろうか、って気がして。
 私は胸が一杯になってしまって、「そんなに怒るもんじゃないよ」と私に話しかけるリーダーの旦那に対して、何も答えられなかった。黙り込んでしまった私を見て彼は、「じゃ、僕はそこにいるから」とそそくさとその場を外した。
 そこにGICの書記係のマダムKSが来た。(彼女は、リーダーに次ぐグループの中心的存在で、この人の家で鶏を育てている。)たまたま市場の帰り道に寄ったらしい。「リーダーから今日あなたが来るなんて聞いてないわよ。今日は無理ね。またいらっしゃい」と、言う。私は彼女に溜めていた思いをぶつけてしまった。「また来いって言うけど、私はもうここには来ない。約束をして来ても、何度もいないじゃない!あなた達、本当はやりたくないんでしょ!」 言いながら涙まで出て来た。
 私の勢いに彼女は少しびっくりしたようだったけれども、優しい口調で私をなだめた。「まぁ、そんなに怒っちゃダメよ。私達、本当に責任を持って鶏を育てようと思っているんだから。特に私なんて、若い時に親戚の手伝いで鶏を育てた事があるの。それは肉用ではなくて、卵を産む鶏だったけど。だから、少しは鶏の事は知っているし、頑張ろうと思っているのよ」。
 冷静に考えてみると、活動が思う用に進まない私の焦りや苛立ちがこもった子供っぽい感情の爆発は、彼女にとっては少々理不尽なんだろうし、多分なぜ私がこんなに怒ったり悲しんだりしているのか、彼女にはよくわからないだろう。でも、それを「わからない」と拒絶するのではなく、なだめてくれる優しさに、私は少なからず救われているのだと思う。(そもそも、カメルーン人はこうやって相手に直接感情をぶつけたりはしない。人あたりを第一に考えるからだ。陰でどんな文句を言っていても、本人の前ではそれをおくびにも出さない、というのが私の観察結果。)
 元々、彼女自身が悪い訳ではなく、リーダーのマダムAYのやる気のなさ(?それとも、物忘れの激しさ?)が引き起こした事なので、私の勢いも自然すぐに鎮まった。結局、メンバーみんなに説明しなくてはならない事を、全て彼女一人に説明して「後、本当にちゃんとみんなで話し合ってね」と言って、帰った。
 けれども、全員を相手に、もう一度何か仕切り直しをするべきかもしれない。
  1. 2010/02/10(水) 00:11:27|
  2. カメルーン生活

何事も経験。ということで。

昨日に引き続き、朝方雨がぱらついた。日中も曇り空で涼しい。雨季が来たのか?と思う位だ。
 13:30にGIC-AFのリーダーの所へ。GIC-AFは先日大豆とトウモロコシを間違って全部粉にしてしまったGICだ。事前に電話で会う約束をしていたのに、彼女の家にたどり着く前の交差点で、バイクタクシーに乗っている彼女とバッタリ。どうやら出かける所らしい。「約束してあったじゃない!」と言うと、「忘れてた」だって。結局、メンバーと餌をどうするかという話合いはまだしておらず、「あなたとメンバー全員で話した方が良いから、水曜日の16時にもう一度いらっしゃい」と言われた。
 GIC-AFは、私が赴任当初から一緒に働いているグループで、私自身、一番親しみを感じているグループだ。リーダーのマダムも、良い人だ。ただ、必死さは感じられない。幼稚園の先生という職業を持っており、他のメンバーと違って生活に余裕があるせいかもしれない。リーダーとしてグループの重要な事は決めるけれども、町の行事等の為の集会などには他のメンバーを送ったり、細かい活動には参加しなかったりする。
 最近、私はこのGIC-AFのリーダーの真剣さが感じられない所に不安を感じている。大事な資材やヒヨコを買う時にも、一人のメンバーに全て丸投げしてしまった。それが、餌の粉砕方法を間違えたという事に繋がったと思う。又、その事態を受けた今でも、まだ話合いをしていなかったり、約束を忘れたりしている。大丈夫だろうか。

 一方のGIC-Kは、その点安心感がある。リーダーの女性と、秘書役の女性が、非常に真剣に取り組んでいるからだ。GIC-Kは、オンベサの中心から離れているバリヤマという地域にあり、最初に訪問した時から、「中心から遠いので、援助や情報が来ない。我々はちゃんと働くのに!」と訴えていた。それで、このグループと働くことにしたのだ。メンバー達は、待ち望んできた援助の手がようやく差し伸べられた!と考え、この機会を活かそうと必死なのだと思う。私としても、やりがいがある。
 そうは言ってもやっぱり落とし穴というものはあるもので、今日訪問したら、昨日から始めているべき抗生物質の投与が行われていなかった。メンバーには、『3日目にはビタミン剤の投与、4日目には抗生物質の投与』などと書かれた日程表が渡してあり、その日程表に基づいて薬を与えるという事になっているのだ。そんなに複雑な事では、無い筈なんだけどなぁ。私は再度、噛んで含めるように、毎朝、必ずこの紙を見て、今日は何を与えるのか、確認すること!と念を押した。
100208 kamanemaga (5)
 
 もしかしたら、新しい事を自分達の手で進めていく、というのは、私が考えている以上に、彼女達にとって難しい事なのかもしれない。先日も、購入した秤が、梱包されたまま置かれていた。「どうして使わないの?」と訊いたら、「使い方がわからない」との事。それはもう、非常に原始的な(と言って良いのか?)八百屋さんにあるような昔ながらの秤なのだけれど。そうか、そこから説明しなければいけなかったのか、とその時思ったのだった。
 まぁ、いい。一つ一つが経験だ。私にとっても。
  1. 2010/02/09(火) 22:07:19|
  2. カメルーン生活

また?!

 朝、小雨がほんの少しだけぱらついた。ほんの少しだけでも、雨というもの自体昨年11月以来だから、ビックリだ。乾季が終わるのは3月半ばだから、まだ間がある筈だけど、終わりが見えて来た、という事なんだろうか。
 夕方、母屋から「パンゴラン」という動物の料理をもらった。辞書で単語が見つからなかったのだけど、見た目は少し小さなアルマジロ。
 「いただきま~す」、と添え物の食用バナナを口に含んだ途端、右の下の奥歯がボロっと取れてしまった。正確には、被せた銀歯が。しかし、銀歯だけではなくどうやら歯も欠けてしまったようだ。実は以前、被せ物の横が少し欠けたなと思って、歯医者の先生に穴を埋めてもらったりしていたのだけど、どうやら被せた中がダメになっていたらしい。被せ物が取れてしまった後は、大きな穴になってしまっていた。全然痛みはないから、この歯、神経を抜いてある歯なのかも。
 いくら痛くないからと言っても、このままにしておくわけにはいかないし、又歯医者に行かないと。全くもう!先月ようやく歯医者終わったばかりなのに!歯のトラブルには本当に事欠かないわ…(涙)
  1. 2010/02/07(日) 22:03:46|
  2. カメルーン生活

ご近所隊員

 1月に新たにカメルーンに着いた隊員3名の内2人は、オンベサにほど近い、バフィアとケディアに赴任予定だ。こんなにご近所に隊員が赴任するなんて、嬉しい。
 ということで、フィールドトリップ(赴任前の任地視察旅行)のついでに、ウチに寄ってもらった。バフィア赴任予定のEさんはパソコン隊員で、ケディア赴任予定のMさんは私と同じ村落。二人ともカメルーンについてまだ間もないのに、何だか既になじんでいる様子だし、言葉も不自由ない感じ。おお、すごいな。二人を見ていて、自分の1年半前を思い出した。私は、当時、言葉もわからなければ、環境にもなじんでおらず、不必要に色々な事に警戒したり、動揺していた気がする。ま、今となってはそんな事も懐かしい。
  1. 2010/02/06(土) 22:02:33|
  2. カメルーン生活

前途多難?

 今考えると、養鶏の指導をお願いしたムッシューMは、やはり養鶏について何も知らなかったのだと思う。一方、業者であるマダムMの言葉は、具体的で的確だ。そのマダムMが「あなたに色々言ってもね~、結局、実際育てる女性達に直に聞いてもらわないとだめなのよね。交通費さえくれるんだったら、特別に一度出張してあげるわよ」と言ってくれた。そこで早速、今日来てもらうことになった。
 朝8時30分にオンベサの中心で待ち合わせだったのだけど、結局彼女が来たのは11時頃。(日々こういう事だらけなのだけど、私自身は意地でも必ず時間通りに約束の場所に着くようにしているので、結局毎回かなりの時間待たされることになる。でも、「待たされた!」と言って怒るのは、こちらの感覚だとスマートではないらしい。それで、結局ちょっとでも不満を漏らすと「そんなに怒るべきじゃない」というような事を言われて終わる。私一人でここの時間感覚を変えるのは到底無理なんだろう。)
 マダムMとムッシューM(ムッシューMの同行は必要ないと思ったのだけど、マダムMは彼の紹介で引き合わされたし、特に依頼しなかったのに彼も来たので仕方ない)を伴ってGIC-Kに行くと、すでにヒヨコが5羽死んでいたのでショックを受けた。残りは44羽だ。しかし、マダムMは、「必ず数羽は死ぬものだから」と心配はしていないらしい。そして、GIC―Kに、「部屋が広すぎるから一部をブロックで区切ってそこにヒヨコを入れなさい」とか、「水は毎朝変えているの?餌はちょっと入れすぎだから、もっと少しずつにして」とか、具体的な指示を次々と出して行った。おお、心強い。初めからこの人に指導をお願いしていたら、と思わずにはいられない。
 相談の結果、炒めずに砕いてしまった大豆も、粉砕された状態で軽く炒り、そのまま使用することになった。追加する栄養素についても指導をもらったので(粉末にした魚や貝殻など、新たに購入しなくてはならないけど)、なんとかなりそうだ。
 マダムは用事でそのままヤウンデに旅立ってしまったので、もうひとつのGIC-AFには、私とムッシューMが言って、マダムの指導をそのまま伝えた。こちらのGICでもヒヨコ2羽が既に死んでいた。
 しかも、もう一つショックな事が。GIC-AFは、購入した大豆とトウモロコシを全て粉砕してしまったと言っていたのだが、それを今日確認したところ、必要以上に細かく砕き過ぎており、殆ど小麦粉のような粉状態になってしまっていたのだった。こんなことにならないように、出来あいの餌を1kg買ってメンバーに与え、「こういう具合に粉砕するように、粉砕する業者に見せてね」ということまでしたのに!どうやら一人のメンバーが、「粉砕してくるね~」と言って、とっとと全部粉にしてしまったらしい。むむぅ。。
 大豆とトウモロコシの値段だって安くはない。それに購入にも結構苦労した。元々予算ギリギリの所でやっているのに、この失敗は痛い!メンバーにとっては何もかも初めてだから、多少の失敗は仕方ないのだけど…。私個人としては、こんな失敗が無い様にちゃんと対策もしたつもりだったから、悔しい気持ちが先立つ。
「今ある餌は、2週間後位にはもう無くなってしまう。それまでに次にやる餌をよういしておかなくてはいけないでしょ?メンバーで、どうするか話し合って、連絡頂戴」と言っておいた。彼女達、どうするだろうか。
  1. 2010/02/05(金) 23:52:01|
  2. カメルーン生活

ヒヨコ到着&問題も発覚

朝8時過ぎにバフィアの業者の所に着くと、女主人のマダムMが、2つの小さなカートンに入ったヒヨコを持ってきた。そのまま、ヒヨコにワクチン投与を始める。ワクチンは注射ではなく、ワクチンを混ぜた水を口に含ませる事によって行う。慣れた手つきで98羽、あっという間に終了した。(本当は100羽の筈だったが、2羽運搬途中で死んだらしい。)
↓ワクチンを投与するマダム
100203 プサンにワクチン (11)

 マダムMは養鶏の事に非常に詳しそうだ。話を色々聞いていると、新たな事が色々判明し、それにより私は新たな困惑に陥った。
 「餌はどうなっているの?」
と訊かれたので、
「ムッシューM(オンベサの畜産関係の役人)からの薦めで、トウモロコシと大豆を買って細かく砕いたのをあげることになってます」と答えると、
「大豆は、砕く前にちゃんと炒った?」と言う。
「エッ?炒る必要があるんですか?」
「炒らないと、ヒヨコに良くない成分が入っているから病気になるよ」
そんなの、聞いてないし!もう、今頃GICメンバー達は、買った大豆を市場に持って行って細かく砕いてしまっている筈。どうしよう。。
しかも、彼女が言うには、「トウモロコシと大豆だけでは、栄養分が全然足りない。カルシウムとか、ビタミンとか、そういう物をちゃんと加えないと全然ダメ」なんだそうだ。もーう、折角養鶏を始める前に専門家(ムッシューM)を呼んで講義してもらったのに、肝心な事全然教えてくれなかった!(というか、多分彼自身良く知らなかったのだろう。)
ヒヨコは、目の前にいる。と言う事は、持ち帰ったらすぐにもう、水やら餌やらを与え始めなければならないということだ。でも、与えられる餌が無い、と言う事になる。
私は仕方なく、その場で出来あいの餌を一袋(50kg)を購入し、2つの袋に分けた。これで、1つのGICにつき25kg。2~3週間はもつだろう。その間に、次の手を打つしかない。
あ~あ、ホント、一難去って又一難。
ヒヨコは本当に小さくて可愛い。でも、ちょっとひ弱そう。ちゃんと、育っておくれよ。
100203 バフィアでプサン購入 (4)

  1. 2010/02/03(水) 22:35:04|
  2. カメルーン生活

なんとかなる?

 日帰りでヤウンデへ。同じ職種(村落)の人達と打ち合わせなど。バタバタと用事を済ませて夕方帰宅すると、電話が鳴った。「明日(3日)昼にオンベサで受け渡し予定だったヒヨコ、今晩バフィアに着くから、バフィアまで取りに来れないか?」というものだった。
 どういう事だろう。っていうか、その電話が鳴った時点でもう夕方6時半。7時に来いとか、無理だし。しかも、本当は私じゃなくて、GICのメンバーが取りに行くべきなんだけど、GICのメンバーの予定をいまさら変えられないのだ。行く予定のメンバーが電話を持っていなかったり、電波が無かったりで。
 「今晩なんて、行けない」と言うと、「じゃ、明日の朝早く取りに来て」と言う。「それも無理だし!」。メンバーとは11時にオンベサで待ち合わせなのだ。
 しかし、ヒヨコは本来、つき次第水とか餌をやって世話をしなければならないのだから、長時間業者に放っておくのは危険だ。ウーン、どうしよう。念のため2つのGICに電話をしてみた。GIC-Kは、やはり電波が無く繋がらない。もうひとつのGIC-AFはリーダーに電話が繋がったものの、たび重なる変更に彼女はあきれ顔(というか、あきれ声)。「こんな時間に変更なんて、無理に決まっているでしょ。私だって今ちょっと家を離れて遠くにいるし、メンバーに連絡もできない。」という。「じゃあ、私が朝早く一人で取りに行き、その帰りにヒヨコをあなたの家に置いていくから」と言ったところ、「あなただけがバフィアにヒヨコを取りに行くんだったら、メンバーはみんな市場に行っちゃうわよ。だって、明日は市場の日だもの。」だって。その発言に、力が抜ける思いだった。本当にやる気があるんだろうか。だって、ヒヨコを売る人の都合で色々振り回されているのは確かだけど、来てしまったヒヨコはちゃんと世話をしないと死んでしまうのに。確かに市場は女性にとって大体常に最優先事項ではあるのだけど、だからと言って、みんな市場に行っちゃうって…。「ヒヨコは私が育てるんじゃなくて、あなたのGICが育てるんでしょ!面倒見なかったら死んじゃうわよ」と電話で怒ったのだけど、聞いているのだかどうだか。
 丁度家の裏庭に出ている時に電話が来たので、周りにはいつも親しくしているカメルーン人が数人いた。私が電話で凄い勢いで話しているのを聞いている。電話を切った後、泣きたい気持ちを抑えつつMFに話を聞いてもらった。「それで、どうするの?」とMFが言う。そうやって落ち着いて問われると、私は少し冷静な気持ちになれるのだった。「ウーン、仕方がないので、私一人で朝バフィアに鶏を取りに行き、当初の待ち合わせ通り、11時に待ち合わせ場所に行くことにするよ。」 MFは、「大丈夫。何とかなるわよ」と穏やかに慰めてくれた。
  1. 2010/02/02(火) 22:33:32|
  2. カメルーン生活

女優デビューは、又の機会に

 先日受けた映画オーディション(?)は、結局アメリカ人女性が、演じることになったとか。残念。いよいよワタシも女優デビューか!?と、思ったのに(笑)
  1. 2010/02/01(月) 22:30:42|
  2. カメルーン生活
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。