ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

アフリケンヌ

 今日、ポンプの修理屋さんが来て、ようやくポンプが復旧。ホッとした。
 ま、とは言っても、停電なので、順調に水が来るには、もう少し。
 それにしても今回水が無い間に、腕の筋肉は相当鍛えられた。今まで大した筋肉が無かった左腕にも筋肉がついたよ。アフリケンヌ(アフリカ人女性)に又一歩近づいた気がする。
スポンサーサイト
  1. 2009/10/31(土) 22:33:15|
  2. カメルーン生活

オンベサのオサマ・ビンラディン

 母屋の工事で、ペンキ塗りとして働いていたMD。奥さんに逃げられてしまったというMDは、男手一つで息子(1歳半位)を育てている。今日、久しぶりに、MDが子供のPを伴って母屋にやってきた。
 Pは以前来た時には、まだまだ赤ちゃんだったのに、今はもう、トテトテと自分で歩いて好きな所に行くまでに育っていた。母屋の元大臣、子供がいるのに喜んで、何かと言ってはその子を呼ぶ。本当に子供好きの、人の良いおじさんなのだな。ところが、その子、元大臣には全然なつかない。私とかMFとかにはカワイイ笑顔を見せるのに、大臣が近寄ると途端にウェーンと声をあげて泣く。怖いのかな。
 そのせいなのかどうかわからないけど、元大臣、その子にとんでもないあだ名をつけた。「オサマ・ビンラディン」。何故、オサマ・ビンラディンなのか…。テロリストの名前だよ。あんまり酷いんじゃない?と思うけど、大臣がそう呼びだすと、周りの人もみんな同じようにその子を、「オサマ、オサマ」とか、「ビンラディン」とか呼ぶようになってしまった。何てことだろう。
091030 マディバジュニア


 水が蛇口から出なくなって、もう何日になるだろう。困ったな。中庭の浅井戸の濁った水で、とうとう洗濯をせざるを得ない状況になってしまった。
  1. 2009/10/30(金) 22:17:58|
  2. カメルーン生活

かまど作成実演

オンベサで、一番力がある女性と言えば、私は断然マダムAYを挙げる。マダムAYはダイナミックな女性で、オンベサの女性のためのセミナーを自分で企画するなど、色々な事をしているらしい。GICを束ねたさらに一つ上の組織(fédération)も作って、リーダーをしているらしい。祭りの時には、彼女の家で多くの女性が集まって料理をする。ということで、彼女の家にかまどを設置する為に、以前ウチにかまどを設置してくれたマリ人のMと一緒に行って来た。これは、半年も前に考えた事なのに、色々紆余曲折を経て、今日、ようやく実現なんである。
 ところが。カマド作成を実演してくれるMは、今の生活に相当ストレスを感じている様子だ。前回もそうだったのだが、私の顔を見るなり「日本には、いつ連れて行ってくれるんだ?」の連発だ。
 彼の生活は、カメルーン基準からすると、そう悪いものではないと思う。両親は亡くなっていて、親戚(?)の今の家族と一緒にカメルーンに来ているのだが、寝る場所も食べるものも与えられているし、小さな店の店番をして、お給料ももらっているらしい。服装も小奇麗だし、腕時計などもしている。しかし、彼のストレスは、きっと別の所にあるのだろう。もしかしたら、今の家族とうまくいっていないのかもしれない。
 そんな訳で、今日は、頭の中が「日本に行きたい!もしくはヨーロッパ!それがダメなら、俺は…」という想いで一杯な、思いつめた感じの彼を励ましつつのカマド作成となってしまった。(時折思いつめた表情をしながらも、彼は最後までカマドを作りきった。)
 彼がカマドを作成するのを、出来る限り多くの女性に見てもらいたかったのだけれども、女性を集める役のマダムがそんなに熱心に集めなかったと見えて、集まったのはほんの4-5人だった。それでも、設置したお宅のマダムAYが、「本当は地元にいる私たちが、地元でできるこういうものを自分たちで見つけてやらなきゃいけないんだけど、それがなかなかできないのよね。提案してくれて、ありがとう」と私に言ってくれたのは、とても嬉しかった。
↓できあがったカマドと記念撮影!
091029 カマド作り
  1. 2009/10/29(木) 22:47:58|
  2. カメルーン生活

子供が描いた「一番大切なもの」

 昼過ぎに、オンベサのリセ(公立の中高一貫校)へ。31人の6ème(中学1年生にあたる)の学生に、「あなたの一番大切なものは何ですか?」と問いかけ、考えてもらって、それを絵に描いてもらった。
お絵かきイベント3

 テーマの内容をちゃんと考えて描いてくれている子と、得意な絵を描きたかっただけの子、描きやすい絵(国旗…小学校で描き方を習う)を描いた子など、子供によって様々だ。
 一番多かったのは、国旗・国の地図。国が自分に取って一番大事ってどういうことだろう。ちゃんと考えてそれを描いたのか、それとも、学校で習ってて描きやすかったからそれにしたのか。いずれにしても、カメルーンではテレビやラジオの番組などで「カメルーンの国民である」というアイデンテティを促すような発言が多い。子供たちの絵はその表れかもしれない。興味深かったのは、「カメルーンの森」や「環境」と答えた子供が4人もいたことだ。ラジオやテレビで環境について話されていたり、学校で聞いたりしたのだと思う。普段「環境」という意識が無いように見えるここでも、環境ブーム(本当はブームで終わらせてはいけないのだけど)が来ているのだろう。
 家族の絵を描いた子供が一人もいなかったのは少し意外だったなぁ。
 31人描いてもらった中から、興味深い絵をかいた子供を5人選び、そこ子の家を訪問して家族に話を聞いたり写真を撮ったりする予定。
お絵かきイベント1



  1. 2009/10/28(水) 22:11:15|
  2. カメルーン生活

オッコロー

 朝ヤウンデを出て、オンベサに帰宅。ポンプやっぱり直ってなかったよ。水なし生活再び。
 関係ないけど、友人MFは、疲れた時やちょっと驚いた時(日本人なら、やれやれとかおやまぁとか言う時)「オッコロー」と言う。それもちょっと節がついていて、歌うように言うのだ。これはフランス語じゃなくて、オンベサの言葉(グノー)の掛け声みたいなんだけど、ちょっとカワイイ。
  1. 2009/10/27(火) 22:08:01|
  2. カメルーン生活

カメルーンで「いけばな」

昨夜水が一回戻ってきたのに、今朝起きるともう水が出ない。どうなっているのだ、ポンプよ。
 私は歯医者のため上京。このまま水が出ない事を心配して、念のため洗濯ものを持って出た。首都で洗濯をしてしまおうという魂胆だ。
 JICA事務所には、家から荷物が届いていた。以前、原爆展で「生け花を勉強したいのだが、教えてくれる人はいないか」と言う人に会ったのだけど、直接教えられるような人はいなかった。そこで日本の家族に相談したら、生け花の教本(英語)を取り寄せて送ってくれたのだ。中を見てみると、写真もふんだんにあるし、説明も多い。生け花をやりたいと言っていたカメルーン人(男性)は、フラワーアレンジメントを専門としていて、学校でも時々教えているという。この本が役に立つと良いなぁ。
 早速彼に電話して会い、本を渡した。とても喜んでいる様子だったので、良かった。家族に骨を折ってもらった甲斐があったよ。日本の文化にこういう風に興味を持ってくれているカメルーン人は本当に珍しいし、そういう人がいると嬉しいから、ちょっと応援したくなるね。
↓もらった本を片手に写真用のポーズをキメる彼
ikebana.jpg

  1. 2009/10/26(月) 22:00:31|
  2. カメルーン生活

祭り

 昨夜水浴びをする前に水が止まってしまった。洗濯もできないし困ったなあ。
 午後、GIC-AFへ。祭りをするからいらっしゃい、と誘われていたのだった。祭り(Fête)というから、飲んだり歌ったり踊ったりだろうと思って行ったら、まずは教会のミサに参列。メンバー全員が新しいお揃いの生地のドレスを着ての参列は壮観だった。この地区の教会では、歌の時にちゃんと指揮がついて、オンベサの中心にある教会よりもさらにふんだんに歌が取り入れられている気がする。ミサに出ているだけで、楽しい気持ちになる。メンバーが列になって踊りながら寄進をしたりして、賑々しくミサは終了。
 その後は、グループリーダーの家に移動して、そこで、既に作ってあった御馳走をみんなでいただいた。御馳走は、立食形式でつまみながらおしゃべりするなどという形式ではなく、一人一人が家から持ってきたお皿に、学食みたいに並んで取っていく。「各自お皿を持ってこい」と言われていたのだろうけど、多くの女性達が持ってきたのは、「お鍋」のようなもの。そこに本当にどっさりと食べ物を取って行く。いったいどんな胃袋をしているのだろう…、と見ていると、どうやら、自分はその半分ほどを食べ、残りは家族に持ち帰ろうという魂胆だ。隣に座った結構仲良くしているRも、「子供に持ち帰るんだ」と言って、自分のものには手に付けなかった。家族思いだなぁ。それで、私のお皿の上のを2人で分け合って食べた。ビールは一人1本。祭りの参加者は全員女性なのだけど、ビール大瓶1本を事もなげに飲む。
フェットの日の女性達
 そして、食べ、飲み終わった後は、「じゃ、帰ります。さよなら~」と帰って行くのだった。祭りは結構あっさりしている。家族が待っているからかもしれない。
 それで物足りない女性は、2軒隣のバー(酒屋)に移動し、バーの庭で、音楽に合わせて踊ったり、飲んだりしていた。カメルーン人は大抵、踊るのが大好きで、いつもいかめしい顔をしているちょっとでっぷりした女性でさえも、上手に腰を揺らして踊る。踊るといっても、この場合は、アフリカの伝統的なものではなくて、ディスコ(死語?)でかかっているような、アップテンポの音楽だ。それにあわせて、激しく体を動かすのではなく、腰や手をなんとなく怪しげに動かすのがカメルーンのダンススタイル。しかし、簡単そうに見えて、やってみるとうまく踊れない。グループの中ではいつも大人しくて、ほとんど発言をしないT(53歳)が、巧みに踊っているのを見てびっくりした。しかも目つきが妖艶。うーむ。意外な一面を発見!
 日が暮れてしまうと、帰りにくくなるので、私は踊り続ける女性達を後に帰宅した。
  1. 2009/10/25(日) 22:55:13|
  2. カメルーン生活

豆づくし

 隣町バフィアに行ったついでに、来週のお絵かきイベント用のクレヨンを調達した。お絵かきイベントは30人の生徒を対象に行おうと思っているのだが、今日ゲットできたクレヨンは19個。しかも、適当な画用紙もなく、結局ヤウンデで購入するしかない。(クレヨンや画用紙の代金はNGOに申請して、後から補てんしてもらう事になる。)
 HeiferのJ氏は、ビール腹を抱えた見たところ普通のカメルーン人のおじさんだった。HeiferはアメリカのNGOだが、カメルーンでは地元カメルーン人を雇用して業務をしているらしい。(それは良いやり方だと思う。)しかし、J氏は、話をすると、非常に論が通った明瞭な話し方をする人で、やはり普段からアメリカ人と付き合っているのだろうなぁと思わせた。Heiferの地域支援システムや、私へのアドバイスなどを、(ビールを飲みながらも)親切に話をしてくれて、非常に参考になった。

 帰宅後、近頃手抜きだったので、少しちゃんと料理しようと、適当に工夫して作ったのが、「サヤインゲンとゆで豆のピーナッツ和え」。気が付いたら、豆ばっかりじゃん!(笑)
  1. 2009/10/22(木) 22:53:18|
  2. カメルーン生活

求めよ、さらば…

 カウンターパートMB氏事務所に行ったら、ずっと会いたいと思っていたHeifer International (アメリカのNGO)の人がいたので、少し話をする事が出来た。ヤウンデでの連絡先を教えてくれて、「ここから情報をもらうとよいよ」と言ってくれたのだが、そこに連絡もしない内に、以前ヤギの注射を一緒にしたムッシュMの計らいで、ヤウンデのHeiferの担当者と、明日隣町のバフィアで会える事になった。動く時には重なる、というのか、求めれば与えられる、というのか。とにかくラッキーだ。
  1. 2009/10/21(水) 22:49:55|
  2. カメルーン生活

寿司!

 夢の中に、何故だか良く分からないけど、すんごい色んな種類の寿司が出て来た。普段、「日本食が食べた~い」と思いながら暮らしているわけでもないのに。(勿論あれば食べたいけど)。体が懐かしがっているのかなぁ。最近手抜きで、食事にバリエーションを与えていなかったも一因かもしれない。なんか、思い出すとやたら食べたくなるね、寿司。
  1. 2009/10/20(火) 22:38:44|
  2. カメルーン生活

お絵かきイベント

 宇宙船地球号というNGOをご存じだろうか。医師で「国境なき医師団」で働いた事もある山本さんという人が立ちあげているNGOだ。彼の著書には「国際協力師になるために」という本があり、私も読んだ事がある。宇宙船地球号では、「お絵かきイベント」というものを世界中で実施している。『あなたの一番大切なものは何ですか?』という問いを子供達(といっても20歳位までの若者)に投げかけ、それをテーマに絵を描いてもらう、というものだ。国により、人により、それぞれ「一番大切なもの」は違うが、その様々な「大切なもの」をみんなで見せあい、理解すれば、争い・ひいては紛争も減るのではないか。また、子供達が感じる「大切なもの」には、その国が独自に抱える問題が反映されるのではないか。そういう狙いがある。お絵かきイベントを元に、既に本や映画も作られ、世に出ている。
 折角アフリカのカメルーンという日本人からすると地の果てのような国に行くのだし、その国で私も「お絵かきイベント」が出来たら、と、出国前に私は宇宙船地球号に申請をしてあった。赴任から1年以上経ち、任地の事情もわかったし、言葉もだいぶ不自由しなくなった。(いや、不自由は勿論あるけれども、言いたい事をなんとか表現することはできるようになった)。そろそろ、お絵かきイベントを実施してもよい時ではないか、と考えた私は、カウンターパートのMB氏に、こういう事をやりたいんです、と説明した。彼の承認を得る必要は勿論無いのだけど、配属先の彼に、私が何をしているのか知っておいてもらうのは、意思疎通を円滑にする上では大切だし、何か良いアドバイスももらえるかもしれない。
 MB氏のコメントはこうだった。「それは、君にとっては良いんじゃないの?やってみたら?」
 私に取ってか…。このイベントは、現地の人々の為ではなく、私の為なのだろうか。でも、考えてみたらそうかもしれない。絵を描いてもらう学生にも、ここオンベサの人達にも、特にメリットは無いのかもしれない。物的なメリットとしては、参加してくれた生徒に、絵を描く時に使ったクレヨンをそのまま贈呈するという事だけだ。面白い絵を描いた生徒を数人選び、その子の家を訪問して、「どうしてその絵を描いたのか、どんな家に住んで、どんな生活をしているのか」を、取材する事になっているのだが、それは、現地の人にとっては、「取材に協力をしてあげている」だけであり、「自分から情報を発信している」ということにはならないだろう。絵と取材の結果は、その後日本に送られ、展覧会や、うまくすれば絵本や映画の一部には使われるかもしれないけれど、それがカメルーンにまでやってくるとは考えにくい。
 MB氏の言葉は、私に少なからずショックを与えたけれども、私はここで止めようとまでは思わなかった。多少の自己満足の為だとしても、それでも良い。少なくとも、普段接触することがない子供達と、「一番大切なもの」という命題で話をする事ができる。それは、楽しいだろう。子供にとっても、普段考えない命題を与えられて絵を描く事は、面白い体験になるかもしれない。
 早速リセ(公立中高一貫校)に出向き、(顔見知りの)校長先生に、「こういう事をしたいんです」とお願いしたところ、快く承諾してくれた。動き出したら、忘れぬ内に、がこちらの物事の進め方だ。早速、来週の水曜日に実施の予定となった。
  1. 2009/10/19(月) 22:21:56|
  2. カメルーン生活

メロンの朝食

ホテルの朝食は、手作りのパンだった。パンと言っても、イースト菌で発酵したものではなく、スコーンみたいな感じのパン。だから、ちょっと重たい感じだけれども、焼きたてで本当に香ばしい。

091018 メロン3

 山の上のホテルだったので、交通を確保するのに少し苦労したけれども、無事下山。バスに乗って夕方オンベサに帰宅した。
 家には、水も電気もあったので、とりあえずホッとし、早速旅行中に着た服を洗濯。2泊3日の駆け足の旅は、流石に疲れたな~。気を失ったようにぐーぐー寝た。
  1. 2009/10/18(日) 22:10:53|
  2. カメルーン生活

観光地メロン

10時にトラックが来るという話だったのだけど、例のごとく、待てど暮らせど来ない。本当に来るのだろうかと不安になりかけた頃(12時過ぎ)ようやくトラックが来た。来たら来たで、今度はトラックに一度に全ての荷物(ソファーやテーブルなど全て!)を山のように無理やり積み切り、新居へ。(車やバイクに荷物を載せる技術にかけて、カメルーン人は日本人に追随を許さないほど凄いのだ。それについては、いつも感心する。)
 新居で荷物をおろし、とりあえず出来る事(ベッドの組み立てやカーテンの設置など)が終われば、もう引っ越しは一応終了。新居は町の中心にも近いし、広さも十分。これならKも、残りの任期を明るく過ごせそうだ。
 夜は、まだ新居に泊まるには色々と整っていないので、近隣の観光地「メロン」(←地名)のホテルに泊まることにした。
 メロンは高原の小ぢんまりとした観光地で、山の風景が素晴らしい。
091018 メロン2

そして、私達が宿泊したホテルというのが、また可愛らしかった。コテージ風の離れが客室で、客室の中は、天井が枯れ葉で飾られていたりするのだけど、それは「本当に自然のまま」ではなく、いかにも「アフリカの自然をインテリアに取り入れました」というような雰囲気(つまりキチンと人の手が入った感じ)なのだ。
 ただ、こんなに良いホテルなのに、日常的に多くの客が来る訳ではないのだろう、(カメルーン人は、そんなに観光旅行をしないし、一般庶民には値段が高い。)客室がちょっとカビ臭いのが玉にきず。これで、カビ臭くなければなぁ。。ちょっとトホホな所が、カメルーンらしいと言えばカメルーンらしいのだけれども。
  1. 2009/10/17(土) 22:44:20|

引っ越し手伝い

 同期のKが引っ越しをするというので、その手伝いの為にバレへ。同期Kの家へ行くのはもう4回目になる。バスで5時間の道のりだ。
 Kの家は今まで水道がなく、井戸水を汲んでの生活だった。しかし、すぐ隣町のウコンサンバには水道があるので、当初からそこへの引っ越しを希望していたのだが、色々な紆余曲折を経て、今回ようやく、めでたく引っ越しが実現。
 引っ越しと言っても、日本のようにかゆい所に手が届く引っ越しサービスがあるわけでもなく、段ボール箱もないし、トラックもツテを辿って確保するという感じ。しかし、日本の生活ほど物が多いわけではなく、同期3人が駆け付けたので、夕方数時間の荷作りは完了した。
 夜は、バレの町で焼き魚(サバ)とビールで乾杯。星空がきれいだった!天の川だ。それに、ホタルもフワフワ飛んでる。
  1. 2009/10/16(金) 22:27:20|
  2. カメルーン生活

Fêteの一幕

今日は「地域女性の日」。毎年、この地域女性の日には、ンバンイヌブ県内の1箇所を会場に催し(フェット)をするのだけど、今年はここ、オンベサが会場だ。
 母屋の元大臣もフェットにでかけるというので、車に便乗させてもらって会場へ。元大臣は着いた途端に出迎えられたが、私は裏から目立たぬように、すっと会場の隅の席に座った。
(↓道に居並ぶ女性たち)
091015地域女性の日のフェット (2)

 ところが。
 晴れの席に座るはずの元大臣が、しばらく後に私の後ろの席に来てそこに腰をかけたのだ。「今日はここでおとなしく見物するよ」という。おやおや?と思っていると、その後次々と色々な人が彼に挨拶に来て、「いやぁ、ここの席ではなんですから、どうぞあちらに…」などと、真ん中の方の席を勧める。そのたびに彼は「いやぁ、私は一市民ですから、今日はフェットの邪魔をしないよう、ここで…」と断り続けていたのだが、あまりにも何度も人が入れ替わり立ち替わりそう言いに来るので、「もう帰る」と席を立って帰ってしまった。
 後でカウンターパートのMB氏(彼も私のすぐ近くの席に座っていた)に聞いたところ、「取り仕切っている女性が、元大臣に寄付をお願いし、フェットに招待したにも関わらず、彼の席をちゃんと用意しておかなかったんだよ。それで元大臣がこっちに座ったら、今度は、ここでは何だから、と席を移るように言ってくる。それで結局大臣は、帰ることになってしまったんだ。まったく、彼女はわかってない」と怒っていた。
 フェット自体は、恒例の行進があったり、オンベサ産物の展示があったりして、まずまず、こんなものかという感じだったけど、正直、この始まる前の一幕が私の中で印象的だった。
 なおかつ。
 フェット終了後には、飲食出来るものが用意されていたのだけれど、(その為に寄付が集められたのだ)その食べ物にありつけるのは、各市から来た市長や、オンベサの郡長など、役人さんがメインで、フェットの主役である参加した女性達の中からは、ほんの一握りしかその飲食会には参加できないのだ。カウンターパートのMB氏は、自分がその飲食会に呼ばれなかったと言ってそっちも怒っていたけど、それは違うんじゃないかな~。いったい誰の為のフェットなのかね。
  1. 2009/10/15(木) 22:16:35|
  2. カメルーン生活

ヤギの注射デー

 ちょっと強引に、畜産のデレゲの仕事に同行するので、自分でも今日、どこでどう働くのかはよく分からない。とりあえず、約束の場所に行くと、「今日は君、この人に付いていって」という。のっけから、別の人に付いていくことになった。初対面の彼は、ムッシュM。オンベサのみならず、中央州全体で畜産の仕事をしているらしい。が、省庁の部署の関係など、詳しい事は、私にはまだ良く分かっていないのだった。
 「今日は忙しいんだ。時間がないから急いで行こう」と言うので、事情を聴く暇もなく、彼と一緒にバイクタクシーに乗った。行き先は、ボヤバという所で、オンベサ郡と、隣のバンガシナとの境にある村だ。そこまでは結構な距離があり、私も行くのは初めてだ。明け方の雨で、舗装されていない田舎道は泥でぐちゃぐちゃ。滑るので、所々バイクを降りて、歩かなければならなかった。
091014 泥道

 ボヤバでは、1つのGICがHeiferの支援を受けてヤギの飼育を始めていた。ヤギには、ワクチンを打って病気を予防するのだが、ワクチンを打つ少し前に、ビタミン剤と抗生物質を注射しておく必要があるのだそうだ。今回の訪問は、そのビタミン剤・抗生物質の2つの注射のため。薬や注射器・Mの人件費や移動費は、Heiferが支給するのだそうだ。
 注射を受けるヤギ達は、後ろ足を抱えられて抑えられ、太ももの筋肉に、ブスッと注射針を刺される。そのたびに「ギャー」とヤギなりの悲鳴を上げる。ヤギでも、悲鳴は悲鳴、なんだか聞いているのは辛い。そのたびに、GICメンバーの女性がヤギに、「Patience!我慢よ!」と言っているのがほほえましかった。
注射におびえるヤギとヤギの子供↓
091014 ヤギの注射

今日は結局、GICのメンバー13人の家を周り、合計95頭に注射。メンバーの家は隣同士の事もあるし、1キロや2キロ離れている事もある。いつまでも続くカカオの林や、トウモロコシ畑などを抜けながら、「今日、こんなに歩くことになるとは、思わなかったな~」と思った。林の中で、同行していたメンバーの女性が、ひょいと道をそれて行き、何かを2、3個拾ってきた。アボカドだった。今はアボカドの季節なのだ。アボカドの木から落ちた実が、地面に落ちていたのだろう。フルーツや木の実に関しては、なんだか飽きれるほど豊かな土地だ。ムッシュMは、もらったアボカドをその場で手で剥いて食べながら歩いてた。
 Heiferのメンバーに会える事を期待していたのに、途中で合流すると聞いていたHeiferは、結局来なかった。「来なかったねぇ」と言いながらもムッシュMは別に困った風でもない。そんなものなのか。
 予想外の事が多かったけど、今日は、まぁ色々な事が見られて面白かった。ただ、村で虫に刺されたのだけが、閉口。刺された後、すぐに刺された所が腫れあがった。長袖長ズボンをはいていたのに、手に2箇所、耳に1箇所。ムトゥムトゥ(サシチョウバエ)の一種らしい。同期のM君が任地変更した後、「新しい任地で虫に刺されるとすごいカユイし腫れる。多分今までの所のと違う種類のムトゥムトゥなんだ」と言っていたけど、きっとこれだ!
  1. 2009/10/14(水) 22:26:39|
  2. カメルーン生活

縁づくり

 集会に参加する為に出かけて行くと、集会所は、前のグループがまだ使用中だった。中を覗くと、白人が数名混じっている。珍しい。何の集まりだろう。
 会が終わって出て来た人に話しかけて訊いてみると、聖書を、このウバンイヌブ県の各地域言語に訳しているのだそうだ。ウバンイヌブ県内でも、地域の言語はいくつもある。オンベサと隣町バフィア(間は15キロ位)でも、話している言語が違う位だから。聖書をどう訳すか、1ヶ月に一回話合い、その部分を各自が自分の言語に訳し、次回また持ってくる。最終的に本として出版するのが目的なのだそうだ。それをどこか欧米の団体が運営・支援しているのだろう。へ~、そんな事をしているとは知らなかった。
 出て来た白人女性に「まぁ、ここにもボランティアがいたのね。今から食事するけど、一緒にどう?」と誘われた。「今から集会があるから…」と断ったけど、残念だったなぁ~、お喋りしたらきっと面白かっただろう。
 私が参加した方の集会は、10月15日の「地域女性の日」に向けたもので、「地域女性のイノベーション(革新)のために」というテーマの上に、農業・畜産・健康の3方面からの講義があり、それに対して質疑応答などをしていた。それはそれで興味深かった。畜産のデレゲ(オンベサの畜産関係役人の長)が、Heifer International(畜産を広めることにより地域の生活向上を図っているアメリカの国際的なNGO)の冊子を持っていたので、「Heiferと仕事をしているの?是非紹介してもらいたい」とお願いしたところ、明日丁度一緒に仕事をするから来て良いよ、と言うことになった。
 縁のない所に縁を作っていくというのは日本での仕事では殆どした事が無かったけど、結構面白い。人と人とのつながりがどんどん広がっていく。
  1. 2009/10/13(火) 22:24:29|
  2. カメルーン生活

匂いの話

 これまであまり書かなかったかもしれないけど、カメルーン人の匂いは日本人の匂いとは違う。匂いだけは、写真や映像では伝わらないから、一度ちゃんと書かないと、と思っていたんだよね。
 まぁ、ハッキリ言ってしまうと「臭い」かもしれない。汗がすえた匂いというのか…。それはカメルーン人が不潔だから、と一概に言う事は出来ない。確かに、長距離を歩かなければならなかったり、畑で働いたりと、ここでは良く汗をかく。それに水事情が悪いので、洗濯や水浴びをして清潔に保つのも、結構な苦労である。それでも、多くのカメルーン人は、出来る限り清潔に保つよう努力しているし、一日に一度は水浴びをするようにしているようだ。
匂いは、食べ物のせいもあるかもしれないね、と時々日本人同士で話す。アブラヤシの赤い油は独特の匂いがするし、あとキャッサバ(マニヨック)も、発酵させて加工して食べるけど、発酵している時には結構な匂いがするから、その匂いかな…?とか。
 というのも…、たまに、自分がカメルーン人と同じ匂いを発している事に気がつく事があるのだ。汗の匂いなんだけど、なんだか少し甘い感じの匂いも混じっているような…、これは、もしや、あの匂いでは!以前帰国した先輩隊員も言っていた。「多分日本に帰ったらきっとしばらくの間は体臭がすると言われると思う」。
 カメルーンに来た当初、ギュウギュウのバスの中などで体臭の強い人の近くに座ると辛かった。でも、今は結構平気。慣れるもんだねぇ。今は逆に、日本に帰って「臭い」と言われるんじゃないかと、ちょっと心配。
  1. 2009/10/11(日) 22:22:57|
  2. カメルーン生活

南アワールドカップへ!?

 11:00 歯医者
 12:30 大使館で、参議院議員補欠選挙 投票
 13:00 サッカー(カメルーンvsトーゴ)観戦のため、スタジアムへ
 バタバタのスケジュールで、ヤウンデのアマドゥ・アヒジョスタジアム(通称オムニスポーツ)へ。サッカー好きの隊員が、みんなの為にチケットを取ってくれたのだった。私はカメルーンで初めてのサッカー観戦。しかも、今回の試合は、もしかすると、ワールドカップ出場が決まるか?!という試合なのだ。
(カメルーンが勝って、2位のガボンが負ければ決定)。
 スタジアムでは、みんな、緑色のカメルーンユニフォームを着たり、カメルーン色の帽子をかぶったりして応援ムードがすごい盛り上がってる。私が座った席は結構良い席だったので、選手の動きもハッキリ見えた。選手の身体能力がすごい。体がバネみたいだ。
サッカー観戦!

 試合は、3-0でカメルーンの勝利。試合中、審判がカメルーン贔屓の判定をしているのが少し気になったけど、ま、ホームの試合だからこんなものなのかも。。ガボンが勝ったから、ワールドカップ出場決定は次回に持ち越された。でも、残りの試合は全てアウェイなので、カメルーン国内で試合を見る事はもうできない。
 2010年の南アワールドカップは、丁度任期が終わった後だ。日本で見ることになるだろうなぁ。カメルーンには是非出場してほしい。
  1. 2009/10/10(土) 00:20:22|
  2. カメルーン生活

メッセージ、広島へ

原爆展で来場者に書いてもらったメッセージの翻訳がようやく終わった。シニア隊員のAさんが健康診断で日本へ帰国する時に持って帰ってもらい、広島に送ってもらう予定だ。メッセージだけ送られても、面白くないだろうから、と、オンベサの生活の様子がわかるよう、写真をつけた簡単な説明文なども作ってみた。それらを持って、一路ヤウンデへ。雨の中、Aさん宅に到着。手料理をいただきつつ、おしゃべり。

  1. 2009/10/09(金) 22:15:15|
  2. カメルーン生活

働き者母さん

 本当は今日、2つのGICとカマドを作る約束をしていたのに、設置宅のマダムに昨日市場でバッタリ会ったら、「息子がドゥアラで事故にあったので、今からドゥアラに行く。明日は延期して」と言われてしまった。そりゃ、仕方が無いけどショックだわ。これで2回目の延期。
 「今日なんだかぽっかり1日空いてしまったのよ~」、とMFにぼやいたら、じゃあ、ウチの母の所に行く?と誘ってくれた。MFのお母さんは近所に住んでいるのだが、私はまだ顔を見た事が無い。時間があったら行こうね、とずっと前から言っていたのだった。
 MFのお母さんの家まで、歩いて10分~15分。着くと、お母さんは畑で働いていた。挨拶をしたら、殆どフランス語が通じない。なんと。カメルーンでは、大抵フランス語が通じるのに、珍しい。ずっと、ここで農業をして暮らしてきて、フランス語が必要無かったのかもしれない。普段親しくしているMFだが、MFの生まれ育ちについては、殆ど知らなかったなぁ、と思った。MFのお父さんは、2人奥さんがいて、お父さんともう一人のお母さんはもう亡くなっているのだそうだ。お母さんはここで孫の世話などしながら暮らしているけれども、「年だし、体は痛いし、孫の学費で頭は痛いし」とこぼしていた。それでも、私には、「バナナを食べなさい」と勧めてくれたり、「これを持って行きなさい」と袋一杯のピーナッツをお土産に持たせてくれたりした。言葉はあんまり通じないけど、今度又、私も何かお土産を持って遊びに来てみよう。

MFのお母さん
  1. 2009/10/08(木) 22:05:14|
  2. カメルーン生活

イモケンピ 初売り

 イモケンピの売り子役は、メンバーの中でも、いつも明るく愛きょうのあるRだ。市場に行くと、彼女は既に殆どのイモケンピを売りさばいていた。流石だ。そして、結構評判が良い。25フランだから、と試しに買ってみて、美味しいからもうちょっと頂戴、と買い足す人も多い。おお、いいぞいいぞ。
イモケンピ売り

 売れるかどうか心配したけど、結構安心した。ただ、苦労して作る割に利益はそんなに多くはないと思う。今後はどうやって利益を出すかが問題かなぁ。今度メンバーと話あってみよう。
  1. 2009/10/07(水) 22:03:27|
  2. カメルーン生活

大量イモケンピ作りの日

 GIC-AFのメンバーが、市場で売る為のイモケンピを作る日。昼過ぎに集まって作業を開始した。メンバーが、大きなタライ一杯のイモを持って来て、これホントに全部使うのか?という位多かったけど、結局全部使って作った。夕方までに終わらせたいから、こっちでイモを剥き、こっちでイモを切り…と、段取りを考えつつ作業を進める。まな板の上で切るという習慣があまりない為、固いイモを細かく切る作業に最初ものすごく手間取っていたんだけど、「包丁は、縦に下ろす時に、少し向こう側に引くの」とか、コツを説明していったら、どんどん慣れて、作業が早くなっていった。出来たものから、袋詰め。メンバーが用意した袋が小さいものだったので、これは、1個25フランだね~、とみんなで値段を決めた。25フランの小袋が大体200個出来たようだ。夕方暗くなる前に私は帰ったが、メンバーは夜7時まで作業したらしい。
 火の前に長時間いたせいか、今日は疲れたわ~。昨日までの旅と水汲みと、今日の労働で、すっかりぐったり。でも、帰宅したら水が戻ってきていてハッピー。水を浴びてご飯を食べてそのまますぐに寝た。
  1. 2009/10/06(火) 23:57:39|
  2. カメルーン生活

水汲み

 ヤウンデでもう一度歯医者に行き、歯の根っこを洗浄、仮に埋めてから任地に帰った。
 オンベサの中心にバスが着くので、そのままついでにカマド作りを教えてもらったマリ人の所へ行き、次回のカマド作りについて確認をした。カマド作りを実演してくれる少年Mは、実は年を聞いたら20歳だった。少年じゃなかった!失礼。。14歳位かと思って、「なんで学校行かないの?」とか訊いちゃってたよ。彼は、真剣な顔で、「話があるんだ」と言う。何々?と聞くと、「日本に連れて行って欲しいんだ」。旅費は自分で何とかするから、ビザを取るために、自分を招待して欲しい。そうしたら、私の為に2年位無給で働く、というのだ。「君の畑で僕は役に立つよ」というのだけど…。うーむ、畑は無いしな。しかも、日本に行く旅費は、こっちで何でもできるほどの大金だよ。しかし、彼は本当に切羽詰まっているという程真剣なのだった。両親は既に亡くなり、マリから、お世話になっている一家と一緒にこのカメルーンに来て働いているけれども、ここでの生活から抜け出したいんだ!と言う。その気持ちは、わからないでもない。あまり現実的ではないけれども…。

 重たい荷物を持って家に戻ると、なんと水が無い。井戸のポンプが今日また壊れたのだそうだ。「また~?もう勘弁してよ~」と言いたくなる。ま、口に出しては言わないけど。でも、旅帰りだし、少なくとも水は浴びたい。母屋の運転手に、「ねぇ、深井戸まで水を汲みに行こうよ」とねだったら、「車の調子が悪いんだよ。歩いて汲みに行こう。一緒に行ってあげるから」となだめられ、夕暮れの中、バケツを持って二人で水汲みにでかけた。(運転手、イイ人だね。)
 深井戸までは、1キロは無い。歩けば大した距離ではないのだが、水を持つととたんに辛くなる。私は、どうせこぼれてしまうし、重すぎるから、とバケツの半分ほどまでしか水を入れなかったが、それでも途中から、腕が痛くなり、たびたび休みながら歩いた。彼は私よりも一回り大きなバケツに一杯に水を入れて、器用にこぼさず運んでいる。「あなたの家(隣町バフィア)では、水はどうしているの?」と訊くと、「近くに深井戸が無いので、業者から買っている」という。
「業者が水を持って売ってまわっているの?」
「いいや、業者の所まで買いに行くんだよ」
やはり、水はどこでも大変なんだなぁ。私はこんな事だけで、多分明日は筋肉痛だよ。

↓これに水を入れて運ぶ。フタ付き
バケツ

  1. 2009/10/05(月) 23:56:07|
  2. カメルーン生活

ガボン国境へ

 カメルーンは、周りを、赤道ギニア・ガボン・コンゴ共和国・中央アフリカ・チャド・ナイジェリアの6カ国に囲まれている。その内、ガボン以外の国の国境沿いには、隊員は行ってはいけない事になっている。安全上の問題があるからだ。しかし、ガボン国境沿いならOK。お隣の国ガボンは、産油国の為アフリカ諸国の中では飛びぬけてお金持ちの国。国内総生産などの数字は、他のアフリカの国と一桁違う位だ。カメルーンは、ガボン向けに農産物などを輸出している。通貨も同じフランセーファーだし、言葉もフランス語だから、共通点は多いのだ。
 同期の隊員等と、ガボン国境沿いまで行ってみようという事になり、小旅行を決行した。ガボン国境沿いには、エボロワという町を通って行く。ヤウンデからエボロワまでバスで約3時間。そこでバスを乗り換えて2時間半ほど。国境沿いの小さな町Abanminkoには、毎週土曜日に市が立ち、そこにはガボンに比べて物価が安いカメルーンで買い物をしに、大勢のガボン人が訪れるのだとか。
 Abanminkoの市場に着いてみると、そこはカメルーン国内でもこんなに大きなものは滅多に見ないという程大きい市場だった。しかも、広い駐車場に車がザザっと並んでいる。まるで日本のショッピングセンターの駐車場みたいだ。ガボン人、やはりカメルーンとは少し生活レベルが違いそうだ。
 市場は品物が豊富で、しかも値段はカメルーンの普通の市場に比べても結構安かった。私は、ウハウハと買い物バッグなどを買ってしまった。素朴で結構カワイイ。大きくて何でも入る♪ 農産物なども、トラックに一杯積み込まれていた。ここからガボンに運ばれて行くのだろうなぁ。
↓トラックに山積みのプランタン(食用バナナ)
091003 国境沿い市場

 この市場から少しだけ離れた所を流れる川が、国境線になっている。国境の川が流れるところまで一応行ってみたけれども、向こう側のガボンは見えず、そのまま帰って来た。
 ところで、先日ガボンに旅行に行って来たばかりの、シニア隊員のAさんに話を聞いたところ、「ガボンは、カメルーンとそんなに雰囲気変わらないわねぇ、やっぱりお隣だし。物価は確かに少し高いけど、スーパーに並んでいるような輸入品は逆にガボンの方が安かったし、物も豊富だった」ということだった。成程。確かに、カメルーンでは、地物は安いが、輸入品は高い。例えば、首都のスーパーで買えるプリングルス(ポテトチップス)は、一つ2000F.CFAほど。こちらの感覚だと2000円位の高さだ。ちゃんと日本円に直しても、400円~500円だから、それでもやっぱり高いね。高くても、買っちゃうけどね~、たまに。
  1. 2009/10/03(土) 23:49:25|
  2. カメルーン生活

終わった終わった~

中間報告会当日。私のカウンターパートであるMB氏もわざわざオンベサから来てくれた。「時間通りに来てね!」と散々私が言ったからか、彼はちゃんと時間通りに着いた。(しかし、他の人が誰も時間通りに来なかったので、結局開始時間が少し遅れてしまった。)
 中間発表は、まぁ順調に終了。言いたかった事も、どうやら伝わった様子。終わってホッとした~。終わってしまえばこっちのものよ。
  1. 2009/10/02(金) 23:47:46|
  2. カメルーン生活

カレーで歓迎

もう、10月だ。早い。日本は、すっかり秋たけなわだろうなぁ。カメルーンは、大雨季真っ最中。特に8月と10月は、雨が多いんだって。
 朝家を出て、ヤウンデへ。中間報告会に便乗して歯医者の予約も入れてあった。歯医者に行った後は、今日着く新しい隊員を歓迎するためのカレー作り。着任する時には飛行機の都合で大体夜8時頃になる。カメルーン始めての晩は、カレーで歓迎というのが、何故だか伝統になっているのだ。そういえば私が赴任した時にも、調整員が鍋一杯のカレーを作っておいておいてくれたな。懐かしいなあ。
  1. 2009/10/01(木) 23:44:00|
  2. カメルーン生活
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。