ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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ラマダンに阻まれる

 8月も最終日。早い…。
 久しぶりに、ラジオジャパンのニュースに耳を傾けてみると、昨日の衆議院総選挙、民主党が圧勝したとか。びっくりするほどの議席を取ったらしい。これで日本も少しは変わるだろうか。
 家から大きな道路へ出るまでの道々、たまたまそこで行きあった人とお喋りをした。その人はオンベサ出身の人で、久しぶりにオンベサに帰って来たのだそうだけど、「久しぶりに帰ったらオンベサでドラッグが蔓延していた。問題だ」と言っていた。ドラッグについては、私も見た事は無いし、みんな多くは語らないのだけど、今まで3回ほど「ドラッグがね~」という話を耳にした事がある。安いので、若い人や学生が手を出してしまうのだそうだ。ドラッグに対する活動というのは、少し難しすぎて手が出ないのだけど、表に出てこない分、深刻かもしれない。
 改良かまどの宣伝のために、市長などエライ人の家にかまどを設置する計画、9月7日に設定したのだが、かまどを教えてくれるマリ人の一家に「ラマダン中だから」と断られてしまった。ラマダンか~、そういえば彼らイスラム教徒だった・・。ラマダンは8月末に始まったばかりで、20日間ほど続くのだ。こればっかりは、仕方がないな。また仕切り直しだ。
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  1. 2009/08/31(月) 22:40:47|
  2. カメルーン生活

下心

前に約束した通り、足に障害があるJとプロテスタントの教会に行った。教会、と言っても、そこは普通の小さな家だった。そこに、人々が集まってくるのだ。オンベサは、殆どの人がカトリックなので、プロテスタントは少数派だ。集まった人は、恐らく元々オンベサにいる人ではなく、どこからか仕事の都合などでオンベサに移動して来た人だと思われる。牧師のDは非常に感じの良い人で、ミサも(やっぱり何を言っているかは良く理解できなかったのだが)歌あり、聖書の朗読ありで、良い雰囲気だった。
 ミサの帰りに、町の中心にほど近いところで働いているAの所にJと一緒に寄った。Aは、やはり足に障害があり、靴を作る技術を身につけてそれで身を立てている。以前原爆展にJと一緒に来てくれた一人だった。Aは、私のために、サンダルを一つ作ってプレゼントしてくれた。前に会った時、「作るね」と言ってたけど、口だけかな~と思ったら、本当に作ってくれていた。しかも、意外にかわいい。嬉しいなぁ、と思ったのだが、Aも下心が無かったわけではない。「日本から、援助をもらえないだろうか。靴を作るのには材料をヤウンデで買わなくてはならないんだけど、お金がなくて材料が買えないんだ」と言うのだ。実は、こういう申し出をここでは山ほど受ける。例えば「おごってよ」という一見理不尽な要求にも、「今度ね」とやんわりかわさなくてはならないお国柄だから、この申し出も「それ無理だから」とあっさり断るのも、どうかなぁ、しかし、こうなるとサンダルを受け取ってしまったのはまずかっただろうか、と躊躇し、「むずかしいとは思うけど、調べてみる」と言っておいた。(そして、後日もう一度訪ねて行き、やっぱ無理だった、と告げました。)
  1. 2009/08/30(日) 22:36:39|
  2. カメルーン生活

物語から切り離されて

又、村上春樹の話で悪いんだけど…。
「羊をめぐる冒険」は、すごく乱暴に要約してしまえば、謎の羊を探して主人公の青年がウロウロする話だ。ウロウロした青年は、北海道の山荘に辿りつき、そこで外界と隔絶した日々を過ごすことになる。ま、これ以上はネタばれになるといけないので書かないけれども、その外界と隔絶した日々の所、なんだか今の自分の状況に少し似ている気がした。
 というのも、協力隊としてアフリカのこの国に来ている訳だけど、ボランティアという立場は、ある意味、色々な世界のシガラミからフリーである。こんなに自由な立場というのが、他にあるだろうか、と時々感じる。
 ・まず、日本の社会から離れている。しかも、一定期間(2年間)は、戻りたくても戻れない。自分が属していた、組織や家族などから、隔絶状態にある。
・また、その期間が2年間と決まっている事で、すでに、その2年間は自分にとって「日常」ではない。言ってみれば、2年間全てが「旅の途中」とでもいえば良いだろうか。なんやかんやいっても、結局、「非日常」なのである。
・任地においても、当然、社会には「シガラミ」がある。むしろ、日本よりも社会に色濃く「シガラミ」が残っているように思う。しかし、「海外から来ている」しかも「ボランティア」である、という点で、任地でのシガラミに絡めとられずに済む。
 その上、バックには常に「日本」という国があると見られる。そしてボランティアというどこからもお金や利益を得る事がない立場で、市長・郡長に至る言わゆるエライ人達から、普通の人・お年寄り・子供達まで、対等な姿勢で話ができる。

 派遣前の技術補完研修で、技術顧問の先生が、「ボランティアは、あらゆる物語から切り離されている。物語から切り離された者が、新しい物語を作っていく事が出来る」とおっしゃっていた。「物語から切り離された」?と、聞いた時にはわかったような、わからないような気がしたものだが、今は実感できるなぁ。
  1. 2009/08/29(土) 22:28:12|
  2. カメルーン生活

ヒジキの煮物は

 夏休みの間、おばあちゃん(母屋の元大臣のお母さん)のところで過ごした子供たち(13歳の女の子SとO)が、それぞれの家へ帰るという。夏休み中、しょっちゅうウチに来てお喋りをして仲良くなったので、お別れ前に、と食事を御馳走した。豆カレーにピーナッツバターを入れ、カメルーンのピーナッツソース風にアレンジしたものは、まずまずの反応だったけど、「日本食」として作ったヒジキの煮物は全然ダメ。みんな一口食べて「ウェッ」という顔をした。海臭いからだろうかなぁ。貴重なヒジキだったのに。まぁ、仕方ないね、慣れないものを食べさせてしまったのは悪かった。
 以前ドミトリーから借りて来た、村上春樹の「羊をめぐる冒険」を読み始めた。村上春樹は、日本にいた時から、ずっと手が出ないでいたの。思えば中学校時代に、当時爆発的に流行った「ノルウェーの森」を読んだ時、まだ自分が子供すぎて良さが全然わからず、むしろそこに描かれた大人の世界に嫌なものを感じて、そのままにしてしまったのだ。今読んでみると、村上春樹は、面白い。独特の世界があって、引き込まれる。他の作品もみんな読んでみたいものだ。
  1. 2009/08/28(金) 12:24:16|
  2. カメルーン生活

インターネットスポット始動♪

今日はGIC-AFのみんなと一緒にイモケンピを作る予定。出来上がりサンプルを持って行く為に、朝からイモケンピ作り。イモケンピを作るのはこれで何回目だろう…。
 イモケンピができた後、オンベサの町へ。インターネットカフェに行ったら、今度はちゃんとつながった!どうやらこのインターネットスポットは、フランス人がオーナーらしい。彼は普段はヤウンデに住んでいて仕事をしているようなのだが、このオンベサの家は、別荘的に使っている様子だ。そのフランス人が、持ち込みパソコンにもインターネットが接続できるように整備してくれたらしかった。インターネットがオンベサでつなげられるなんて、嬉しい!
 インターネットカフェに、たまたま先日原爆展で知り合った足が悪いJがいた。Jは、西(バメンダ…カメルーンの英語圏)出身で、大学で物理を勉強していたのだが、その途中で、医療事故(?)により足を悪くしてしまい、学業を中断して治療。その後、リハビリを兼ねながら、障害者センターで他の障害者にパソコンを教えたりしているのだ。仕事の関係でオンベサに来ているのだが、もうすぐバメンダに帰るのだと、原爆展で会った時にお喋りで聞いた。彼は、キリスト教のプロテスタントを信仰している。「プロテスタントのミサの方が、歌とかがふんだんに盛り込まれているから、楽しいんだ」と彼は言う。インターネットカフェで会った時に、「プロテスタントの教会をオンベサで見つけたから、今度一緒にミサに行こう」と誘われた。
 さて、インターネットにつなげられた事に満足して家に戻ると、雨。しかも大雨。これでは、夕方からのイモケンピ作りはどうなるだろう。。と思いながら、ベッドに寝転び、しばし窓の外の雨を眺めていた。
 雨は、約束の16時少し前に止んだ。ぬかるみ道の泥を飛ばしながら自転車を走らせてGIC-AFのリーダーの家へ。しかし、誰もいない。やっぱり…。しばらくしたら、リーダーのマダムAが、畑から帰って来た。畑で雨に降られたので、すっかり疲れた様子。今日はメンバーも来ないだろう、とのこと。ああ、やっぱりね。ま、しかたないか。サンプルのイモケンピを渡すと、一口食べて、「これはおいしい!」と彼女の目が輝いた。隣にいた旦那が「どれどれ、」とつまみ、「もっと頂戴」とごっそり手に取ってボリボリ食べ始めた。「これなら、小さな袋に小分けにして、学校に持って行けば子供が買うわね。一袋50F.CFA(10円)とかで」と、マダムが早くも売る時の事を想像している。
 今日は、またもやイモケンピ講習会がダメになってしまったけど、サンプルの反応が予想以上に良かったので、私もちょっと気を良くした。
  1. 2009/08/27(木) 22:13:44|
  2. カメルーン生活

活動一人反省会

 昨晩家で、自分なりに活動を見直したのだが、以前調整員にも指摘を受けた通り、もうちょっと配属先や周りのカメルーン人と一緒に考えて活動を進めて行く必要があると思う。しかし、それが難しい。 自分だけでできる事、例えば原爆展などは、とにかく自分が中心になって前に進めれば実現する。でも、その他の活動について、カメルーン人を巻き込んで…というのが難しいのである。(活動対象になるGICの人達とは当然一緒にするんだけど、そうではなく、活動対象の人達とどう活動をしていくかというのも一緒に考えて行く人が必要だと思う。)
 昨日一人で考えた事を、カウンターパートのMBさんに相談しようと、今日事務所に行ったところ、ラッキーにも会え、話を聞いてもらえた。そして意外にあっさり私の意図を汲み取ってくれた。かといって、すぐに状況が変わるわけではないとは思うけれども、少しは良い方向に進めるといいなぁ。
  1. 2009/08/26(水) 22:06:52|
  2. カメルーン生活

愚痴っぽいかもしれないが。

 GIC-NWのリーダーから電話があり、何か助けてほしいということで呼びだされて、約束の場所に行ったのだが彼は来ず。うーむ、それは無いだろう。
 もうひとつがっかりだった事。それは、地元のクチュリエ(縫製屋さん)に何カ月も前に仕事を頼んだのに、彼が一向にその仕事をしないこと。自分で「いついつの日までにやる」というのだが、その日に行ってもできていない。そして、その繰り返し。今日、いい加減愛想が尽きて、「渡した生地を返してくれ」と言ったのだが、どうやら、裏地用の生地を他の客の注文に使いこんでしまったらしい。さて、この言い訳をどうするのか。彼は絶対に自分が使い込んだとは言わない。「ちょっとそこらへんにあると思うのだけど、後で探しておくよ。すぐに見つかるから問題ない」と言う。
「すぐに見つかるなら今探してよ」と言うと、
「いやいや、時間が無駄になるから、後で探すよ。問題ない。」
しかし、私が買ったのと同じ色の生地の切れ端が、そこに転がっているんである。
「やっぱり、あなた、私の生地を他の客に使ってしまったんでしょ?」と追及すると、
「いやいや、もし使ってしまったのだとしても問題ない。すぐにまた同じものが買えるから」
やっぱり使っちゃったんじゃん!でも、結局、「問題ない」のである。ク~ッ。
 まぁ結局は、彼にもう一度チャンスを与えることにした。本来なら、もうとっくに見限っても良いところなのだけど、実際彼は腕は良いのである。もったいないなぁ、腕が良いのに信用ができない人物だなんて。
 
 そういえば、こんな事ばかり書いているので、ブログを読んだ人からある時、「愚痴が沢山書いてあって笑える」と言われた事がある。た、確かに言われてみると愚痴っぽい。でも、だからと言って私がこの生活を楽しんでいないかと言うと、そうでも無いのよ~。それは、一応言っておかないと。
  1. 2009/08/25(火) 22:59:29|
  2. カメルーン生活

移動日

オンベサ帰宅。
  1. 2009/08/24(月) 22:52:08|
  2. カメルーン生活

さようなら、姐さん

調整員Yさんのお別れ会。
 Yさんは、カメルーンJICA事務所立ち上げ当初からのスタッフで、非常に頼もしい女性だった。旦那様はフランス人。2人の子供は、雑誌のモデルになっても良いほど可愛い。そして本当に流暢なフランス語を話す。私は自分のフランス語レベルが低すぎて、彼女のフランス語のレベルの高さが良く分からないのだけれども、本当に相当すごいらしい。そして、そのフランス語を駆使して、カメルーンの省庁や配属先などと交渉するので、どんなに難しい相手でも大抵、マダムYの力には勝てない。「マダムYが来るよ」とか、「マダムYがこう言っていた」というだけで、配属先の人々は、何カ月も放り出していた仕事を数日以内に終わらせる、という位、マダムYの名前の威力はすごかった。
 隊員に対しては、非常にハッキリとした物言いのため、最初は『厳しい!』という印象を受けるのだけど、実は結構お茶目な人柄だという事が付き合うごとに明らかになってくる。そして、大体どんな時でも、いつも隊員の味方になって戦ってくれる。隊員がバス等で移動中に、カメルーンの警察のような機関にイチャモンをつけられて足止めを食らうということがたまに発生するのだが、そんな時「助けて~」と電話すると、Yさんは、電話越しに警官に何やらを早口でウワ~っとまくし立てて抗議してくれる。そして電話を切ると、どんな魔法を使ったのか、今までどれだけ隊員が説明してもダメだったのに、あっさり、「行っていいよ」という事になるのだった。頼もしい姐さんだ。
 そんな姐さんがついに離カメ。ということで、隊員一同、力の入った出し物を披露し、姐さんとの別れを惜しんだ。Yさん、元気でね。また、メールします。
  1. 2009/08/22(土) 22:45:50|
  2. カメルーン生活

海外からの一票

朝早く家を出て首都へ。明日、赴任以来お世話になってきたボランティア調整員Yさんのお別れ会があるのだ。
(ここで、プチ解説。ボランティア調整員とは:
1) 「カメルーンのどこでどんなボランティアが必要だ」という情報を集めて、ボランティアの受け入れが実際的に可能かどうかを調べ、日本のJICAにボランティアの派遣要請をする。
2) 派遣されてきたボランティアの仕事上の相談にのったり、生活面・健康面で問題がないように世話をする。
 という役割を担っている人のことです。)
 この上京の機会に、と歯医者に予約をしておいた。前回の歯の治療から半年以上経っている。そろそろ歯垢をとっておかないと。とにかく歯が弱いので、何かがあってはならないと思っているの。保険がないからすんごいお金かかるけど、それでも歯でトラブルがあるよりはましだ。
歯医者の後は、大使館へ。衆議院選挙の投票のためだ。事前に登録をしておいたので、海外でも投票できるのだ。海外で投票ってどんなだろうと思ったら、大使館にちゃんと、あの銀の仕切りがついた記載台が設けられていた。そして、各都道府県の立候補者のファイルもあり、それを見て投票できるのだった。投票用紙に記載した後は、2重の封筒に入れる。その状態で日本に送られるらしい。日本から離れているので日本のニュースには疎いのだけれども、ネットや人伝えでは、今回の選挙では本当に政権がひっくり返るかもしれないと。1票が活きるといいなぁ。ちなみに、今回カメルーンでは、邦人約50人中、20人ほどが投票したらしい。
夕食は調整員Yさんの家で御馳走になった。離カメルーンの日が近いので、余った日本食材を使って料理してくれたのだ。美味しかった~。
  1. 2009/08/21(金) 22:42:45|
  2. カメルーン生活

これぞカメルーン的生活?

 今日は朝からイモケンピ作り。午後にGIC-AFとイモケンピを作る予定だったので、できあがりサンプルとして持って行く為だ。洗濯もしたかったので、あっちでイモを揚げ、こっちで洗濯物を絞り、と忙しい。
 カウンターパートにも話があったので電話すると、1時間後位に事務所に着くとの事。彼が1時間と言っているからには、きっと1時間半か2時間後だろう、と踏み、行きがけにパソコンを持って、昨日のインターネットカフェに寄ってみた。パソコンをつないで見たのだが反応しない。「どうしてだろう?」と店の人とあれこれしている内に停電になってしまった。あ~あ。
 それで、カウンターパートの事務所に行くと、彼はいない。まだ来ていないのか。と思い、しばらく待つものの、来ない。「今どこですか?」と電話すると、「もう君来ないから、事務所を出てバフィア(隣町)に向かってるとこ。用事があるから」だって。しまった!時間を読み過ぎた。彼は今日に限ってちゃんと時間通りに着いたのだろう。せっかく出来たイモケンピをお土産に持ってきたのにな~。
 仕方なく、一度家に戻った。午後のGIC-AFとの予定には、まだ時間がある。念のため、GICのリーダーに確認の電話を入れておこう、と電話すると、彼女、「あ、今日はダメになったよ。今、バフィアだから」だって!! エ~ッ、先に言ってよ。
 今日は色々頑張った。でも、全てが無駄になった感じがする。
 まぁ、こんな日もあるさ。っていうか、こんな日ばっかりさ。
  1. 2009/08/20(木) 22:05:48|
  2. カメルーン生活

隠れ家的インターネットスポット

原爆展期間中に、原爆展に来たお客さんが「Cyber」のチラシを持っていた。Cyber とはインターネットができる店(インターネットカフェみたいな)のこと。インターネットがとうとうオンベサに?!なんと!
 少し前に自宅にインターネットを引く事を考えたりもしたのだが、私の家は町の中心から離れている為携帯を使うには電波が足りず、固定電話を引くには費用もかかるし時間もかかる、という現実の壁に阻まれていたのだった。オンベサにインターネットカフェができれば、自宅にひかなくてもいいじゃん!
 ということで、狂喜乱舞した私は、早速今日、Cyberに行ってみた。
 ところが。ここら辺だよ、と教えられた辺りは町の中心から少し離れており、ポツポツと家があるのみ。看板もそれらしき建物も見当たらない。そこを歩いている人に訪ねたのだが、「インターネットカフェ? ここには無いよ」との答え。やっぱり夢だったのか?と思ったら、もう一人別の通りかかった人が、「あ、それウチ、ウチ」と言うではないか。彼に連れて行ってもらったのは、一軒の大きな家。壁でちゃんと囲まれていて、地元の基準だと豪邸という部類に入るだろう。しかし、チラシも何も貼っていないよ。これじゃあ、ここでインターネットカフェをしているなんて、わからないよ。
 彼に連れられて門を開けて入ったのだが、塀の中も本当に普通の家。離れに小さな部屋があり、そこにパソコンが3台ほど並んでいて、そこがインターネットカフェなのだった。(といっても、インターネットができるだけで、コーヒーはサービスされない。) これは、あれだな。日本で良くある、住宅地にあるなんの変哲もない家なんだけど、実は評判のケーキ屋さん とかそういう感じだな。しかし、隠れ家風のインターネットスポットって一体…。
 パソコンのOSはXPで、日本語の表示はできず。ウインドウズのCDがあれば追加でインストールできるはずなんだけど、CDも無い。ということで、次回自分のパソコンを持って来て、接続してみることになった。
  1. 2009/08/19(水) 22:01:20|
  2. カメルーン生活

先祖代々の知識

 毎日雨が降る。
 幸い午後には止んだので、予定通りGIC-NDへ。今日は農業普及員をGICに呼んで、畑での輪作方法について講義をしてもらうようにセッティングしたのだ。
 普段、農業普及員と話をしていると、彼らが言うには「農民は何もわかっていない」という事なのだが、今回農業普及員が講義をした内容は、GICのメンバーもほぼ既に承知している内容だったらしい。「休耕をした後はイニヤムを植えろと、私も先祖から教わった」という具合。なるほどね。代々農業をしているのだし、彼女たちも色々な経験を重ねているのだから、例え農業を専門に勉強した事がなくても、かなりの知識を持っている事に間違いはないだろう。
 ただ、彼らは自分たちで農業普及員とじっくり話をする機会を作り出すのが難しい(農業普及員の立場はエライので、自分たちが呼んでも来てくれないと思っているのかもしれない)為、今回の機会を喜んでいたようだ。輪作に拘わらず、普段自分が疑問に思っていることなどを普及員に質問していた。こういう機会を作る活動というのも、アリだなぁ、と思った。
  1. 2009/08/18(火) 22:59:25|
  2. カメルーン生活

オンベサが発展するためには?&ちょっとトホホな結末

カウンターパートの事務所の近くにムッシューTという人が住んでいる。彼が養豚を本格的にしているという話を聞き、以前から見学に行こうと思っていた。今日たまたま前を通りかかったら声をかけられたので、そのまま見学会ということにあいなった。
 オンベサでは大規模な畜産は殆ど行われていない。そのため、動物の糞を利用した堆肥作りなども、困難になっている。畜産をすれば、現金収入もかなりになるし、うまくいけば良い事だらけなのにな。(畜産と言っても、ここでは、豚・鶏・ヤギが主。特に豚をやりたいという人が多い。)
 彼の主張は明確だった。
 豚を飼育するには、餌の確保がまず問題になる。豚はとにかく沢山食べるからだ。豚の餌とするのは、トウモロコシと大豆。しかし、トウモロコシと大豆を購入すると、大変な費用になる。だから、豚を飼育するには、まず、トウモロコシと大豆を畑で大量に生産する体制をとらなくてはならない。
 トウモロコシと大豆を大量に生産するためにはどうしたらよいか。 
1)種は従来のものではなく、IRAD(カメルーンの国営農業研究所のようなところ)から改良された良い種を買う。
2)肥料もIRADから購入する。
3)畑は、トラクターを使って耕す為、小さな畑をあちこちに持つのではなくて、ある程度の面積の畑を道沿いに持つ
彼は、実際にトラクターと、トラクターを修理するための道具一式を所有しており、さらには、収穫したトウモロコシを飼料用に加工する機械まで自分で作って持っているのだ。又、農業のノウハウを教えることと、農園を運営すること、両方のために、何人かの研修生をおいているのだそうだ。すごいな~、ここまでやっている人がオンベサにいるとは知らなかった。確かに彼の主張には、頷けるものがある。トラクターを普通の農民に普及するのは今の段階では到底難しいと言わざるを得ないのだが。オンベサを盛りたてて行こうと思っている私の配属先GIC-Pや、カウンターパートが、彼と手を組んでいないのは何故なのか、不思議な位だ。

 ということで、後日、カウンターパートに訊いてみた。なぜ、彼と手を組んで、オンベサの農民に農業技術を普及するということをしないのか?
 カウンターパートは苦笑いをしながら言ったのだった。
 「彼の技術は良いんだけど、人柄がね~。以前は彼も多くのグループと一緒に仕事をした事もあったのだけど、利益を彼が一人占めするから、みんながそっぽを向いてしまったんだよ。」
 なんと!
 それが本当かどうかというのは、私にはわからないのだけれども、知識を分け合い、技術を広めていくのを阻害する人間関係というのが、ここには確かにあるのだった。。
  1. 2009/08/17(月) 22:56:17|
  2. カメルーン生活

大雨季到来

ここの所毎日雨が降る。しかも長時間。完全に大雨季に突入だ。雨に阻まれて動きにくいなぁ。
 今回から新たに活動をしていくGIC-EVへ行った。今日は手始めにお喋りをしながら、何に取り組んで行こうか決めるという予定だったのだが、メンバーの集まりが良くない。畑仕事が忙しいのだろうけど。メンバーが少ないせいか、話もあまり弾まなかった。毎回、こういう話合いは、難しいと実感する。 ただ、お喋りの中で、この地区ではまだ土地があるので、ちゃんと休耕期間を取っているという事がわかった。同じオンベサの中でも、地区により多少の状況の差があるのだろう。
090813.jpg

 雨の中帰宅。雨降り続く。停電も続くよ、どこまでも(線路は続くよどこまでも~♪)。
  1. 2009/08/13(木) 22:46:09|
  2. カメルーン生活

強イ人ニ、ワタシハナリタイ

 原爆展に関する処理を終えて、オンベサに帰宅。
 帰りのバスが、いつにもましてギュウギュウだ。そして、オンベサは雨。雨に打たれて帰ると、停電そして断水。ま、こんなものか。もう慣れたよ~。こんなのでへこたれたりしないよ~。
  1. 2009/08/11(火) 11:40:56|
  2. カメルーン生活

断続的な眠気に従う

 JICAから原爆展用に借りた機材(プロジェクターなど)を返しにヤウンデへ。原爆展では、JICAから費用援助があったので、報告書なども出した。
 原爆展が終わって、張っていた気が緩んだせいか、昼間にも断続的に眠くなったりする。疲れが出ているのかも。調整員から、「イベントの後は病気になりやすいから気をつけてね」と何度も言われた。眠たいときには素直に寝て疲れを取ろう。
 たまたま首都に来ていた同期らと外で夕飯を食べドミに帰ると、インターネットで「静岡で大地震」というニュースが。丁度実家がある辺りだ。心配になり、日本が朝の5時半だったにも関わらず実家に電話してしまった。両親に怪我は無く、ひと安心。それにしても、日本にいた親族の誰よりも早く私がカメルーンから電話したらしい。インターネットの力だなぁ。
  1. 2009/08/10(月) 22:38:09|
  2. カメルーン生活

生魚の衝撃

 いつも仲良くしてる裏の家の子供達(と言っても主に中学生位の年の子供)は、家の手伝いやら何やらで、原爆展には来られなかった。それで、今日、自宅の居間で原爆に関するアニメを上映することにした。(プロジェクターをパソコンにつないで壁に映すという方法。)「見せて見せて~」とねだられて企画したのに、そこはやっぱり子供と言ってもカメルーン人。自分から時間に現れる事はない。こちらとしてはちょっと拍子抜け。ま、呼んだらすぐに来たけどね。
 アニメの評判はまずまず。子供向けに、本当に悲惨な所は少しぼやかしてあるけど、原爆被害がどういうものかがわかるようになっている良くできたストーリーなのだ。その後、「他に何かないの~?」という声に押されて、「日本料理紹介」のDVDを上映したら、「ゲッ、生の魚を食べるんだ~!!!」と、そっちに大騒ぎ。その前の原爆被害のことなんかより、衝撃的なようだった。
  1. 2009/08/09(日) 22:35:27|
  2. カメルーン生活

原爆展@オンベサ 最終日

原爆展最終日。
 土曜だから、開場近辺の役所が皆休みで、非常に静か。お客さんの殆どがリピーターで、前回来たけれど時間がなかったから、もう一度じっくり見てみよう、という人達だ。それはそれで、嬉しい。
 メッセージコーナーは、メッセージを摸造紙に貼る時に、ハート型になるように貼っていった。どれだけのメッセージが集まるのか、始める前には全然見当もつかなかったのだけれども…。なんと、最終日、最後の来場者のメッセージで、ハートが丁度ぴったり埋まった!1枚の不足も、余分もなく!別にどうという事も無い事だけど、私の「終わった―」という自己満足に拍車をかけた。このメッセージを貼った摸造紙は、同期隊員Kのお母さんの計らいで広島の学校に送る予定だ。
オンベサ原爆展メッセージ

 夜は、協力してくれた隊員と、説明係のAと一緒にオンベサのレストランでご飯を食べた。任地ではめったに夜外出をしないのだけど、オンベサの夜空は星で一杯だ!
  1. 2009/08/08(土) 22:28:14|
  2. カメルーン生活

原爆展3日目

案ずるより産むが易しというが、全くね。
 2人だけだと心配したけれども、今日も良い一日だった。
 女子高校生が、非常に熱心にメモを取りながら見てくれていて、その後、友達を連れてまた来てくれた。又、オンベサにある障害者センターで働いている人(彼自身足に障害がある)も、非常に興味を持って見てくれた。私はこれまで、オンベサに障害者センターがある事すら知らなかったので、このイベントをきっかけに出会えた事が嬉しい。
 原爆展は通常の隊員の活動とは少し外れているかもしれない。でも、通常の隊員の活動で、何が残せるのか、私は最近少しずつ疑問を持つようになっていた。隊員は、専門家ではない。一人で、言葉も不自由な中、模索しながらできる事を探しても、慣れて何とかなるかな~という頃にはもう任期が終わる。隊員にできることは、せいぜい文化交流なのか。何も残せないんじゃないか、と不安に駆られる事がある。それに比べ、原爆展というのは、明確に一つの新しい視点を、地元の人に与える事が出来ていると思う。
 カメルーンは、歴史上、大きな戦争というのを一度も経験した事がない。もちろん、部族間での争いや、独立する際に宗主国と争ったという事はあるだろうが、それも日本のような大きな戦争体験ではない。だから、カメルーン人には、戦争と言われても、そのイメージが湧かないというのが普通だろうと思う。今回の原爆展で、多くのカメルーン人が「戦争や原爆については確かに学校で教わった。教わったけど、そういう事があったという位のもので、写真もビデオも見ていない。だから、実際にこんなものだとは思わなかった」という感想を言っていた。
 又、得ようと思えばそれでも情報が得られる首都ではなく、田舎であるオンベサという地域でやることに、やはり意味があったと思う。
 ま、殆ど自己満足の世界なのだけどね。さ~、あと一日で、原爆展終了だ!
原爆展の様子
  1. 2009/08/07(金) 22:22:52|
  2. カメルーン生活

原爆展2日目

 原爆展2日目。おりしも今日は広島の原爆記念日だ。
 流石に昨日程の人出は無いが、通りすがりの人に声をかけると、案外素直に見に来てくれるので、常に数人の来場者がいるという感じ。通りすがりの人でも、すごく真剣に見てくれる。
 今日印象に残ったお客さんは二人。
 一人はかなりお年のおじいさん。「こんな年寄りが見ても大丈夫か?」と言いながら来てくれた。ポスターを人の2倍ほどの時間をかけてじっくり見て、DVD観賞の後、「よかったら感想を書いてください」とお願いしたところ、「酷い。こんなのむご過ぎる。感想など書けやしない。私は今日はもう眠れないよ。」と首を振り振り帰って行った。確かに、それも無理はない。私ですら、夜一人でDVDを見て、気分を悪くした位だから。申し訳ない事をしてしまったのかもしれない。
 もう一人は、ご婦人。やはり、非常に時間をかけて熱心にポスターとDVDを見てくれた後、涙をぬぐいながら2枚つづりで感想を書いてくれた。1枚には収まりきれなかったのだろうな。

↓ピーナッツの売り子が、仕事途中に真剣に読んでいるのは、原爆展の主旨を書いたもの
オンベサ原爆展の様子1

 
 手伝いに来てくれた隊員は、今日はそれぞれ近隣の地方に旅行に出かけたため、私一人が家に帰った。2日目、準備からずっと緊張していたせいか、流石に少し疲れた…。でも明日は、説明係のカメルーン人学生Aと私の2人きりで原爆展をしなくてはいけない。大丈夫だろうかなぁ。
  1. 2009/08/06(木) 22:17:44|
  2. カメルーン生活

原爆展@オンベサ 初日

 原爆展@オンベサ 初日。これを逃すと、もう任地で着る機会も無いだろうと思い、浴衣を着てみた。
 初日だし、オンベサの市場の日だから、来場者があるとすれば今日だ。どれだけの来場者があるだろうか、とドキドキしていたんだけど、開場時間少し前にはもう、郡長(オンベサで一番偉いお役人さん)が来てくれた。それを皮切りに、ゾロゾロとお客さんが…招待状を出した人のほとんどが来てくれた感じだった。嬉しい!ただ、来場者は、入れ替わり立ち替わりだから、ポスターの部屋もDVD上映の部屋も、人が溢れて困るような事は無く、やはり会場の大きさとしては丁度良かったと言えるだろう。ホッとした。
↓DVD上映の様子
オンベサ原爆展の様子3
↓メッセージコーナーの様子
オンベサ原爆展の様子6


 応援の隊員5人がウチにご宿泊だから、順番にお風呂に入ったりして、家が合宿所状態になっている。夜は、カレーにした。多めに炊いたご飯があれよという間になくなって、びっくりだ。
  1. 2009/08/05(水) 22:12:02|
  2. カメルーン生活

原爆展前日

原爆展前日。
 DVDを上映するためのプロジェクターや、ポスターなどを、母屋の車で運んでもらった。そして、今回ポスター展で、ポスターの内容を説明する案内役をお願いした、大学生のAと一緒に、ポスターを貼っていった。
 今回の原爆展の内容は、こんな感じ。
①  ポスター(60cmx90cm)の展示…写真と文章の説明により、原爆の被害と、その後の復興・現在の核兵器の状況などがわかるようになっている。ヤウンデ原爆展で展示したものと同じもの。このポスターがこの原爆展のメイン。
② DVD上映…広島の母の祈り という約30分のドキュメンタリー と、場合により(子供の客が多い場合など)「つるにのって」という広島の原爆を題材にしたアニメーション(約30分)を上映
③ メッセージコーナー… ポスターやDVDを見た感想を書いてもらうコーナー。折り紙を4分の1に切った紙に書いてもらい、それを壁の摸造紙に貼る。その狙いは…今回私がほぼ一人で展覧会を行うため、開会のセレモニーもなければ、勉強会・討論会なども無い。そこで、参加者同士のつながりを少しでも出せないかと思って考えたのが、このメッセージコーナー。感想を書いてもらう事で、来場してくれた人が、もう一度この展覧会の内容について考える機会となるし、また、それを掲示することで、他の人がどう感じたのかを知る事ができて、共感したり、別の感じ方を見出したりできると思ったのである。

昼過ぎには、ヤウンデから4人の隊員が応援に来てくれて、準備は無事完了!
原爆展ポスター


  1. 2009/08/04(火) 22:54:33|
  2. カメルーン生活

原爆展の会場について

 KとKママは今日Kの任地に帰って行った。
 今日の仕事は、原爆展の会場をきれいに掃除すること。会場の建物は、カウンターパートのオフィスがある建物なのだが、結構汚れてる。埃とか、虫とか、沢山。オフィスがある建物って言っても、日本のようなオフィスを想像してはいけないんである。働いているのは彼一人だし。
 ちなみにここを会場に決めるに当たっては、結構迷った。
候補としては3つの建物があった。
 1) カウンターパートのオフィス(農業省)…周りに役所がある関係で人通りがあり、中心にも近い。部屋も2つあるので、ポスターの部屋とDVDの部屋に分けられる。ただし少し狭い。
 2) 私の所属先であるGIC-Pが借りている建物…大きさや部屋数などは良い。ただし中心から少し離れている。人通りも見込めない。今後この建物を使って研修などを始めるのならば、場所の宣伝にはなるかもしれない。
 3) 市役所が管理している集会所…場所はカウンターパートのオフィスに近く、問題無い。ただ、部屋がだだっ広すぎる。そして薄暗い。
迷った末に、①を選択したのだが、イベントがあるという話を聞いたカメルーン人がほぼ全員、「狭い。みんなこういうイベントにはすごく興味があるのだから、あそこでは狭すぎる。(③の)集会所を使え」と言うのだ。しかし。6月に既に任地で原爆展を終えたKからは、「町の人は事前に話をした時には行く行くっていうのだけど、実際わざわざ足を運ぶ人は少ない。初日のセレモニー以外の日には、あまり人は来なかった」と聞いていたのだ。さもありなん。
さて、選んだ会場が本当に狭すぎるのかどうか、ドキドキしながら初日を待つのみ。
原爆展会場

  1. 2009/08/03(月) 22:11:28|
  2. カメルーン生活

原爆展準備

KとKママと一緒に、原爆展の会場へ。どのポスターをどう貼るか、など相談しながら決めていった。こういうのは、一人だと心許無い。誰かと、「これでいいかな?」とか、「こうしたらどうだろう」とか言いながら決めるのが一番だ。Kが来てくれて助かった。
 会場で作業している間にも、通りすがりの人が、「何やってるの~?」と覗きに来る。その人達には、すかさず原爆展の宣伝をした。ここは、人通りがあるから、展覧会中にも人が適当に立ち寄ってくれるんじゃないか、と期待している。
  1. 2009/08/02(日) 22:09:10|
  2. カメルーン生活

セ・ラ・ヴィ

 同期隊員のKとKのお母さんが、原爆展の準備の手伝いに来てくれた。お客さんの為に張り切って料理。
 まずは、どら焼き。日本から友人が真空パックの餡子を送ってくれたので、一番おいしく食べるにはどうしようか、と迷っていたの。どら焼きならできるんじゃないか、と思いついた。
 材料は適当に、小麦粉(全粒粉)・卵・はちみつ・ベーキングパウダー・水。それを適当に小さなホットケーキ状に焼いて、餡子を挟むだけでできあがり。結構それらしくできた♪
 夕飯のおかずのメインは、かき揚げにしてみた。具は、茹でておいた大豆と、人参・玉ねぎ。そして、日本から家族に送ってもらった桜エビ。これも、送ってもらったは良いものの、もったいなくて1人で食べられなかったの。この時ぞ、とばかりに使ったよ。こちらも、我ながらまずまずの出来だった♪
 今日はあまり働かず、ゆっくりお喋りでもしよう、と思っていたら、停電。あ~あ、ま、こんなもんだね。C’est la vie.(セ・ラ・ヴィ=これが人生ってもんさ)
  1. 2009/08/01(土) 22:04:02|
  2. カメルーン生活
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