ハピ・ラキ

迷いつつも歩き続ける日々の記録

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久しぶりの雨

原爆展準備。町の「女性と家族の向上」係の女性にチラシを渡しに行ったり、折り紙を切ったり、展示物を用意したり。
家で作業していると、雨が降ってきた。かなり大雨。久しぶりだ。そろそろ大雨季が近い。
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  1. 2009/07/30(木) 22:00:31|
  2. カメルーン生活

手を染める

 先日しかけた、ネズミ版ホイホイ、2つ仕掛けておいた内、ネズミがかからなかった方を、念のためしばらく放置しておいたのだったが、今朝起きたら、またネズミがかかってた!一体何匹ネズミがいるのか!っていうか、多分、夜ウチに入ってきて、速攻罠にかかったのだと思う。へこむなぁ。もっと根本的な対策の必要を感じる。。

 今日は、原爆展の招待状を、カウンターパートと一緒に配って回った。

 その後、この間一緒にピーナッツをもいだ女の子たちと、爪と指を染めてみた。
 Verni Ahoussaという草をすりつぶして、シトロン(すだちのようなもの)の汁を入れ、指に乗せておくだけで染まるの。染める時に、セロテープなどでマスキングしておけば、模様もできてかわいい。
 090729 Verni Ahoussaで手を染める (2)
↑これが葉っぱ

090729 Verni Ahoussaで手を染める 1
↑手のひらをオレンジに染めてる女の子

090729 Verni Ahoussaで手を染める
↑染めた私の爪

ちなみに、カマドの作り方を教えてもらったマリ人女性も、爪や足に染めものをしていた。どうやら同じVerni Ahoussaらしいのだけど、ちゃんと粉状になったものを使用していた。その上、色を黒くするための特別な塩(?)を入れて、すごくきれいにやってるの。
手染め
足染め

は~、カッコいい!
  1. 2009/07/29(水) 22:10:38|
  2. カメルーン生活

マリ風カマドづくり実演

 マリ人のマダムの息子さんが、カマドの実演の為に来てくれた。
まずは土探し。砂の混ざっていない、良い土を探さなければならない。
土は、水と混ぜて、練って練って、とにかく練る。そうすると、すごくもったりとした粘土状になる。それを使って、カマドを作るのだ。
090727 マリ風カマド作り

 彼はなかなか手際よく、一生懸命働いてくれ、4時間ほどでカマドが完成した。なかなかカッコいいカマドだ。しかも、鍋の半ばまでがカマドの中にすっぽり入るから、これなら熱効率は良いかも。念のため2週間ほど乾燥させてから使用開始する予定。
090727 マリ風カマド作り (16)

  1. 2009/07/27(月) 22:31:26|
  2. カメルーン生活

またキミか!

 原爆展で使用するポスターやプロジェクターなどの荷物をオンベサへ運ぶ。タクシーを借り切ったり、バスの座席をひと席余分に買ったりして、何とか1人で無事運べた!ふぅ。
 家に帰ってのんびりしていたら、目の前をネズミが横切った!きゃ~!この間捕まえたから、もういないと安心していたのに!もーう!早速、ノリの罠を仕掛けて仕留めた。(ネズミ専用の糊を段ボールなどに塗りたくり、そこに魚の缶詰などの食べ物を置いておくの。食べに来たネズミが、ノリにつかまって動けなくなるという、ネズミ版ホイホイ。)
  1. 2009/07/26(日) 22:26:10|
  2. カメルーン生活

それって、本当なら大変な事なんじゃない?

 原爆展で必要なものやら何やらを首都で買い物。
 夜は、フィールド調整員に誘われて、彼女の家で、学校建設の専門家とご飯を御馳走になった。専門家の方は、色々経験が豊富で、お喋りしていてとても面白かった!お喋りの中で、小学校で使っている教科書の話になった時、「カメルーンの教科書は、フランスで作っている。内容も、フランスで検閲があるらしい。それで、戦争の時の話とか独立の事とか、あまりフランスに不利な事は書かれていない」と聞いた。えー、そうなんだ!実はヤウンデの原爆展で、カメルーン人とお喋りした時にも、同じような事を聞いたんだよねぇ。
  1. 2009/07/25(土) 10:22:37|
  2. カメルーン生活

2回目の。

 首都ヤウンデへ。原爆展のチラシのコピーや、活動報告書の提出などのため。
 首都にいた隊員から、一足早く、誕生日のカードやらプレゼントをもらった♪
 そういえば、一年前にも、カメルーンについてすぐに誕生日で、みんなにお祝いしてもらったなぁ~って思いだした。
  1. 2009/07/24(金) 22:18:14|
  2. カメルーン生活

やっぱ、むずかしいわ。

 バリヤマという地域にあるGIC-Kへ。GIC-K はこれから新しく活動を始めて行くグループだ。これまでの失敗の経験とかを踏まえて、今日は、どんな事をメンバーに言うか、どういう風に進めようか、とか、あらかじめ色々シュミレーションをしていった。
 にも、かかわらず!いや~、色々うまくいかないものですね。やっぱり、思った方向に話が進まない。どんな活動をしようか、と話しあったのだが、「日本では、どんな作物を作っているの?」と訊かれたので、「お米を沢山作っているよ」というと、「じゃあ、お米を作ろう」と言う。「いや、気候も違うし、日本のお米をここで作るのは無理だから。もしどうしてもお米をしたいのなら、ここでできるお米を探して、ここにあった方法で作らないと」と言うのだが、「いいや、やればできる!」と、変なところで前向き。原則として、地元にあるものや技術を使ってやらないと、失敗する事が多い、と最初に説明したのに、そこから躓いている。
 例えば、これが日本語での議論だったとしても、やはり、難しかっただろうと思う。みんなが集まった時に、どんな雰囲気を作るか、議論をどんな方向に持っていくか、そういう巧みな話術と機転が求められるのだなぁ。私なんか、もしかしたら、むしろ言葉が稚拙だから、その分みんなが協力してくれて何とかなっているのかも。
 結局結論として、「お米とか大豆とかを作り始めるのは、最初としてはハードルが高いから、まずはカマドをみんなで作ってみよう」という事に落ち着いた。ま、結局、カマドなんだけどね。。
  1. 2009/07/23(木) 22:15:30|
  2. カメルーン生活

ピーナッツのおいしい食べ方

 夏休みで都会からおばあさん(大臣のお母さん)の所に来ている女の子達と、収穫したピーナッツをもぐ作業をした。ピーナッツは、根っこになるので、まずは根っこごと引き抜いて、土を取って畑で少し干す。それから、根っこからピーナッツをもぎ取り、さらに数日間日にさらして乾燥させてから貯蔵するのだ。この作業は座ってできるので、お喋りに丁度よい。
アラシッド

 もいだピーナッツを、彼女たちが殻ごと鍋で炒ってくれた。これがまた、結構おいしいの!普段食べてるピーナッツは、乾燥したものを殻から外して炒る事が多い。でも、今回のは、まだ完全には乾燥していなくて、中身が生っぽい。それを殻ごと炒ると、なんていうか、殻の中でジューシーさが閉じ込められたまま炒られるという感じなのね。う~ん、ピーナッツの食べ方ではこの食べ方が、一番好きかも。ちなみに、このピーナッツ収穫の時期に良く売られているのは、茹でピーナッツ。生のピーナッツを殻ごと茹でる。これも結構イケます。
  1. 2009/07/21(火) 22:10:49|
  2. カメルーン生活

カメルーンのプルーン

 そういえば、最近パイナップルをあまり市場で見かけない。あるとしても、とても小さなものばかりだ。その上高い。今は季節では無いからだろう。パイナップルは一応一年中できるということなのだけれども、やはりシーズンがあるらしい。
 その代わり、今はプルーンがシーズン。プルーンと言っても、日本のプルーンとは違う。こちらのプルーンは、焼いて食べるの。中が黄緑色で酸味があって、食感はネットリ。このネットリが溜まらない。地元の人は、バトンドゥマニヨック という、キャッサバで作った餅のようなものと一緒に食べるのが習慣だ。
090728 焼きプルーン (3)

  1. 2009/07/19(日) 22:06:38|
  2. カメルーン生活

石鹸作り

今日はCEACのYと石鹸を作りに、GIC-Wの所へ。
 GIC-Wの所に着くと、女性たちが料理をしていた。見ると、ちゃんとカマドを使っている。第一回目のカマドのセミナーに、GICのリーダーが来ていて、かまどの作り方を習ったのだ。以前来た時にも一つ作ってあったのだが、結構無残にひび割れていて、彼女自身「失敗した!」と言っていた。これで諦めてしまうのかな~と思っていたら、自分でもう一度作り直したらしい。今度のは結構いい感じ。訊くと、「これ、良いよ~」と嬉しげに使っている。おお、私も嬉しいなぁ。成功の理由は、彼女自身が、失敗した経験をもとに、作り方や形状を自分が使いやすいように工夫して作った事だと思う。それできっと納得のいくものができたのだなぁ。
 
 石鹸作りは、順調だった。日本にいる時には、「途上国で石鹸作りの活動などもあるけど、なんで石鹸作りなんだろう」と思っていたのだけど、こちらに来て納得。石鹸は本当に必需品なのだ。お皿を洗うにも衣類を洗うにも体を洗うにも石鹸を使う。一つ350gほどの大きな石鹸を、1家族が1週間に2つ以上も消費してしまうのだ。そのために現金が必要にもなる。もしそれを自分で安く作る事ができれば、出費も減るし、それを売って現金収入にする事も出来る。
 石鹸作りの後は、みんなで歌ったり踊ったり。
090717 石鹸作り


  1. 2009/07/17(金) 22:59:39|
  2. カメルーン生活

どうして、カマドなのか?

 先日、JICAのフィールド調整員から、「カマドについての記事があったから」と渡してくれた記事を、改めて読んでみた。そして、気がついた。
 そこに書いてあったことは…「カマドが普及すれば良いというものではない。日本の場合、なぜカマドが注目を浴びたかというと、カマドの改良をきっかけにして、生活を自分自身で改良していこうという気持ちが全国的に広まったからだ。カマドの改良がブームになったので、中には近所への見栄やお付き合いでカマドを改良したが、日常的には従来のカマドを使っていた家もある。しかし、それでは本来の目的とは違う。カマドをきっかけに他の改善活動にもつながっていくことが目的のはず。」という事だった。
 そうだ、自分は、カマドの普及という事ばかりが頭にあり、それをきっかけに意識の変化を促したりという事は一切していなかった。うーむ、全然だめじゃん。やっぱり活動を組み立てなおす必要があるのだなぁ。記事をコピーしてくれたフィールド調整員に感謝。
 
 昼に市場の横でカマドを使っている女性の所へ。彼女はなんと、カメルーン人ではなく、マリ人だった。マリでは、土で家の屋根まで全部作るので、土でいかに物を作るかという事を、マリ人は知り尽くしているのだ!土と水だけでカマドを作って、それを何年も使っているのだ。すご~い。今までは、粘土をメインにカマドを作っていたのだけど、粘土を探すのが結構ネックになっていたから、土でできるのなら、それにこしたことはない。彼女に講師をお願いしたいなぁ。とにかく、どうやって作っているのか知りたいので、今度私の家に来て、カマドを作ってくれないか、と頼んでみた。
090714かまど

 活動のダメダメな所が、最近次々とあらわになっているのだけれども、逆に、やらなくてはいけない事や、もっとこういう事も出来る、ということが見えてきて、ワタシとしては面白くなってきている感じ。
  1. 2009/07/16(木) 22:54:42|
  2. カメルーン生活

新カマドへ行動開始

 アフリカ女性の日というのが、7月31日に設定されており、その日に、地元料理の発表会のようなものを行うのだそうだ。その準備の打ち合わせに呼ばれて、町の集会場へ。
 以前から、町の「女性と家族の向上」を担当する女性と「カマドの普及」について話をしていたので、打ち合わせの席でカマドについても、時間をくれた。しかし、今丁度自分のカマドに自信が無い時。それで、相手に「ぜひやりたい」と思わせるような説明が、できなかった。。残念!早急にカマドの形状や作り方をしっかり確定する必要がある。
 打ち合わせの帰りに、市場横で、自分自身でかまどを作っている女性を訪ねてみた。今日は丁度市場の日。彼女は雑貨店をやっていて、市場の横という立地を利用し、市場の日には、カマドでドーナッツを大量に揚げて売っているのだ。
 「今日は忙しいでしょうから、明日、かまどをどうやって作ったか、教えていただけますか?」と頼むと、彼女は快く了承してくれた。
  1. 2009/07/15(水) 22:47:03|
  2. カメルーン生活

イモケンピ!

 GIC-AFでお菓子を売りたいと言っていた件、蒸しパンと、もうひとつアイディアがある。それは、「イモケンピ」。サツマイモに似たイモ(こちらでは、パタットと呼ぶ)を豊富に作っているので、それを利用して作ってみようと思ったのだ。
 イモケンピのポイントは揚げ方。
 まずは、低めの油でじっくりじっくり、イモがしっかり固くなるまで揚げる。
 一度、油から引き上げ、少し温度を高めにしてもう一度揚げ、キツネ色にする。
こうして2度揚げると、本当にパリッとしたイモケンピの固さが出るのだ。
最後に、フライパンで、砂糖と水(+ちょっと生姜汁を隠し味に)を飴状にし、それにイモをからめて出来上がり!結構おいしくできて、自分としては満足。周りのカメルーン人からも、すこぶる評判がよい。食感が良いし、つまめるからね。食べだしたら止まらない系。蒸しパンより扱いやすいし、こっちを推薦してみよう。
090714 イモケンピ

  1. 2009/07/14(火) 22:28:07|
  2. カメルーン生活

光速立ち直り

 昨日のカマドの事でかなり落ち込んだ。どうしよう。。色々考えてみた。

 以前他の隊員から、「現在通常みんなが使っている下記図のブロック①の並べ方を、②に並び替えただけでも、薪の使用量が減る」と聞いたことがある。
カマド図
もしそうなら、カマドの普及をする前に、まず並び方だけでも変えてみたらどうだろうか。それだったら手間など無いも同然だ。
 そう思って母屋の人に話を聞いてみた。すると、皆、「②の並べ方が、薪の消費が少ないのは知っている。でも、②だと火が弱くて料理がしにくい。だからみんな①の並べ方をしている」と、言うではないか。やはり、地元の人の行動にはそれなりの理由があるのである。よそ者の浅はかな思いつきなどは通用しないのだ。
 地元にも本当に少ないながら自分で改良カマドを作って使っている人がいる。(その多くは、別の場所に住んでいたときに使う習慣をつけたり、技術を習ったりしたらしい。)そして、その人たちは、皆口を揃えて、「改良カマドの方が薪の消費が少ない上に、早く料理ができる。(火が早く通る)」と、いうのだ。石を並び替えただけでは火が足りないが、改良カマドなら十分に熱が集中するということだろう。次に打てる手は、その地元で作っている人に、もう一度詳しく作り方や成形のコツを教えてもらうということだ。
 今から思えば最初からそれをしておけば良かったのだ!…まぁ、でも先日作ったものが、あまり良くないとわからなかったのだから…遅くてもやらないよりまし!今から挽回!←と、自分を励ます。

 考えているうちに、色々打てる手が見えてきた。一度でうまくいく筈無いよね。もう一度、取り組みなおしてみよう。負けず嫌いなのが、自分の取り柄だ。(ま、そこが欠点でもあるんだけど。)


  1. 2009/07/12(日) 22:58:13|
  2. カメルーン生活

ショック一撃!

 もう一度蒸しケーキを作って、GIC-AFのリーダーの所に持って行った。「ちゃんとやればこうなるよ」というのを見てもらいたくて。昨日ちゃんと電話をして約束したのに、行ってみると彼女はいなかった。遠出をして帰ってきていないという。
 待っている間に、以前設置した改良カマドの様子を見た。夕飯の準備をしている女性(マダムの子供)に、「使ってる?」と訊くと、「使ってるよ」と言う。「使い勝手はどう?」というと、「うーん、ふつうの石のを置いたのと、そう変わらないわねぇ」との事。そうか、変わらないか。うーむ。
 マダムを待っている間に、と別のメンバー(GICの書記)の家も訪ねてみた。彼女は幸いにも在宅して、明日のマルシェで売るバトンドゥマニヨック(キャッサバを使って作るお餅のような加工品)を作っていた。成功した蒸しケーキを渡すと、「これなら良いね。前回作ったのは良くなかった。」と言ってくれた。「今度もう一度作り直す気はある?」と言うと「そうしましょう」ということだった。それは良いのだけれど、彼女のカマドは、一部崩れてしまっていた。その為、今は使っていないのだという。「子供が押してしまったので崩れてしまった。でも、これは良いものだから、もう一度作る。問題ない」という。でも、本当に作るかどうか。
 通り道の所にある、もう一軒別のメンバーの家に寄ってみると、彼女はいなかった。家の人に「かまどを見たい」というと見せてくれたのだが、「あまり頻繁には使っていないねえ」と言う。薪を入れる口の上が壊れやすくて、そこが割れているのだ。使用には問題無いはずなのだが、「そこが割れているからあんまり使っていないみたいよ」という。うーむ、使いにくいのかもしれない。
 結局、その後もなかなかGICのリーダーが帰ってこなかったので、お菓子を家の人に託して帰ってきてしまった。私としては、カマドが思うように使用されていないのがわかり、ショック。カマドの形状や作り方などを見直す必要がある。
  1. 2009/07/11(土) 22:56:22|
  2. カメルーン生活

蒸しパン リベンジ

今日は溜まっていた洗濯ものを一気に片付けた。頑張った!
 以前GIC-AFと作って失敗した蒸しパン、今日はリベンジしようと自分でもう一度作ってみた。ガスコンロではなく、GICで作るのと同じ薪の条件で。前回は、家に適当にある大き目な器をカップ型代わりに使ったけど、今回はカップ型に近いものをマルシェで求めた。丁度オンベサに来ていた料理人Bに「なべ底に直接カップを置かないこと。火は弱火をキープすること」などのアドバイスをもらってやってみたところ、完璧!求めていたような蒸しパンが出来上がった。ブラボー♪
  1. 2009/07/10(金) 22:54:46|
  2. カメルーン生活

(元)大臣の近況

 私の大家である母屋の大臣が、大臣職を外されてしまったことは、以前書いたと思う。今回の内閣改造では、大統領が、首相を切り、新しい首相を据えたということで、首相派の閣僚が外されてしまったらしい。(というのは、人に聞いた話なので、本当かどうかはよくわからないけど。)
 大臣職にある時、彼は首都ヤウンデに住んでおり、週末は地元オンベサに来ていた。彼は地元をこよなく愛していたので、毎週金曜の晩にオンベサに来て、月曜の朝にヤウンデに戻って行くというのが習慣だった。一方彼の奥さんや子供たちは、ヤウンデの街生活がお気に入りのため、村にはほとんど戻っていなかった。
 さて、大臣を外されて母屋はどうなってしまうのか。多少心配していたのだけれど、結果として私の身の上には、そんなにものすごい変化はなかった。ただ、大臣は、ほぼ毎日オンベサの母屋にいる。
 オンベサで何をしているかというと。
 元々、彼は学校の校長先生をしていて、その後、オンベサの市長となり、さらにどういう理由からなのか突然中央政府の大臣になってしまったのだった。 元々学校の校長だったということもあり、彼は大臣時代に自分で私立の学校(中学高校)を建てるプロジェクトを進めていた。今は、毎日その学校建設の現場に行き、陣頭指揮をしているらしい。活発なお人である。そして、奥さん他家族は、やはりそのままヤウンデでの生活を続けているのだった。
 大臣が常に母屋にいるので、料理人Bや手伝いのMFなどがそのあおりを食らってほぼ毎日母屋にいる。私としては、にぎやかで楽しいから、ちょっと嬉しいかも。
  1. 2009/07/09(木) 22:18:53|
  2. カメルーン生活

オンベサ帰宅

 久しぶりにオンベサの我が家へ。長い間家を締め切っていたせいで、湿っぽい匂いがするなぁ。空気を入れ替えないと。
  1. 2009/07/07(火) 22:28:44|
  2. カメルーン生活

理不尽な待ちスタイル

 JICAから生活費が入ったので、銀行におろしに行った。
 銀行におろしに行くと言っても、日本と同じようにはいかない。まず、担当の銀行員に会って、「いくら下ろしたい」と告げ、自分の身分証明などを見せて書類を作ってもらう。その書類を、キャッシャーに持って行って、お金をもらう。機械から出てくるわけじゃないし、もらったお金は全部その場で数えなければいけない。
 しかも。大抵、銀行員に会う前に、待たされる。その待たされ方が、理不尽。入り口の警備員に、「待て」と言われるだけで、列に並ぶわけでもなく、順番待ちのリストに名前を書くわけでもなく。他の客もいるのだが、彼らが自分と同じ担当者を待っているのかどうかもわからない。担当者が開いた時に呼んでくれる訳でもない。以前一度、待たなければならないと思ってずっと待っていたのだが、しばらく待った末に、試しに担当者の部屋に行ってみると、他に客は誰もおらず、すぐに書類を作ってもらえた事がある。ということは、担当者に自分の存在をアピールし、たまに「まだか?」と部屋をのぞきに行かなくてはならないということだ。
 今回もとりあえず担当者ムッシューAの部屋を訪れると、ムッシューAは客と話をしていて、別のマダムMの所に行け、という。マダムの部屋に行くとマダムは2人の客の相手をしており、少し待て、と言う。そこで待合室でじりじりと待つのだが、なかなか客は出てこない。一人出て行ったのだが、又別の人がひょっこり入って行ったりして、先を越されたのか?と気が気ではない。自分の口座からお金を下ろすだけなのに、なんでこんなに大変なんだろう。1時間ほど待った後、また一人が部屋を出て行ったのを機に、マダムの部屋をのぞいてみると、ようやく、「入っていいわよ」と言われた。さて。そこで「口座からお金をおろしたいんだけど」と言うと、「今システムがダウンしていて、お金は下ろせない」と言うではないか。エ~ッ、そんな!なんでシステムがダウンしていると最初に言ってくれなかったの!?と、抗議すると「だって、お金をおろしたいのかどうかもわからなかったし。」だって。おーい、そうだとしても、とにかく言ってよ。だって1時間も待っていたんだよ。明日オンべサに帰るのに!すると、「じゃあ、携帯の電話番号を置いてって。システムが回復したら電話で連絡する」ということだった。ふ~。何だこりゃ。
 部屋を出たところで、ムッシューAにばったり。私は憤懣やる方なく、ムッシューAにも文句を言った。1時間待ったのに、システムダウンで、お金下ろせないよ!なんで言ってくれなかったの!ムッシューAは、「うーん、じゃ、何とかできるかもしれないし、ちょっと待って」という。又待つのか…。でも明日オンベサに帰る為には、今日お金をおろさないと。。と、待合室に座った。と、しばらくすると携帯がなった。幸いにも、システムが復旧したらしい。ということで、無事にお金が下ろせましたとさ。
 それにしても、この理不尽な待ちスタイル、何とかならないのかね。
  1. 2009/07/06(月) 22:10:58|
  2. カメルーン生活

原爆展 最終日

 最終日。日曜だし、お客さんもあんまり来ないだろうと思ったら、結構人が来た。
 お客さんの帰り際に「見に来てくれてありがとう」と声をかけると、お客さんの中には、今ここで感じた事を抑えきれず突然しゃべりだす人もいた。「私はね、この展覧会はすごくいいと思う。核兵器は廃絶すべき。だから、この展覧会を核兵器を保持している国でやらなきゃだめよ。じゃないと核兵器はなくならない。」。言いたいことは、聞いている人がいなくてもとにかくしゃべるカメルーン人だから、熱い。でも、そう感じてくれるなら嬉しい。
原爆展4
原爆展2


 最後に、みんなで会場を掃除して撤収。終わった。疲れた~。
 夜は打ち上げ。ギターの生演奏のある店で、協力してくれたカメルーン人も一緒にご飯を食べた。
  1. 2009/07/05(日) 22:55:04|
  2. カメルーン生活

テレビで乱入ダンス

原爆展の後、またテレビに出て宣伝をすることになった。今日の番組には観客が座っていて(笑っていいともみたいに)観客も適当に参加するというにぎやかな番組。私たちも(代表でしゃべる人以外は)観客席に座って見物だ。私たちが浴衣を着ているので周囲の観客もみんな喜んでいるっぽい。番組の中で歌手が出て来た時に、周りの人たちが「一緒に踊りに行け!」というので、みんなで歌手の歌に乱入して踊ってしまった。こんなのありなのか?と思うけど、ありらしい。歌手も一緒にニコニコ踊っていた。おもしろいなぁ。
  1. 2009/07/03(金) 22:52:42|
  2. カメルーン生活

凄いカメルーン人に会った!

今日は、原爆展を抜けて、別の用件に出かけた。私が堆肥に挑戦していると知っている大使館の人が、堆肥を作っているNGOを紹介してくれたので、そのNGOの代表に会うのだ。そのNGOは、ゴミを収集して、それで堆肥を作っているとの事だった。
 NGOの代表、S.P.Eは、会って話を聞いてみると、なかなかにすごい人だった。
彼は、元々フォトジャーナリストになる勉強をしていた。ある時、研究のためにカメルーンに来た京都大学の女子学生と出会ったのだが、彼女がフランス語を殆ど話せなかったので、しばらくの間(2週間位?)通訳をしたり案内をしたりして手助けした。女子学生は帰り際に、彼に非常に感謝して謝礼金を渡していった。その後、研究でカメルーンを訪れる人は口コミで彼に案内を頼むようになり、又、日本でカメルーンに取材に来るテレビ局からも依頼があって、取材のアレンジなどもするようになった。その内、彼は、「研究者や取材に来る人たちは、みんなそれぞれテーマを持っている。自分も自分なりのテーマを見つけたい」と思うようになったのだそうだ。それで、「ゴミ問題に取り組もう」とテーマを決め、謝礼金でもらったお金を元手にしてゴミ収集のための手押し車を買った。それが12年前。当初、彼の周囲の人たちは、おかしなことをするのはやめろ、と止めたそうだ。「ゴミを収集する」という意識がなかったからだろう。しかし、その後彼のやっている運動の意義が段々わかってき始め、賛同者が増えて、今は十数人のグループになっている。政府や国連機関など、各種団体からの補助金を得たりして運営しているらしい。又、ゴミを収集するための袋を、買うよりも作った方が安いからということで、メンバーの一人がミシンを導入した。近所の無職の女性に裁縫を教え、袋や作業服を縫うようになったのをきっかけに、ミシンを増やして女性の職業訓練のような事も始めて、そちらも規模が大きくなっている。
彼のゴミの収集について回ったのだが、彼が回っている地域は狭い面積にギュウギュウに人が住んでいる。スラムではないが、かなり混み合って住んでいる為、ゴミをポイポイ捨てて行ったら衛生上問題が発生することは間違いなさそうだった。政府が大きな船(鉄製のコンテナのようなもの)を大通りに置いているので、そこまでいけばゴミが捨てられるのだが、捨てに行くのが面倒で、みんな行かない。そこで彼が行っているのは、ゴミ収集の意義を説明して、賛同者から月々500~1000F(100円~200円)の費用を払ってもらい、加入者からゴミを回収し、政府の大きな船に入れるという事だ(堆肥づくりは別の場所でしているのだが、今は設備を新しくしている途中とかで、見ることはできなかった。)。同時に、住民に対して、衛生に関する意識向上運動も行っている。ゴミを収集する人には、ワクチンを注射する・手袋、つなぎを着用するなど、病気に対する対策もキチンと行い、給料も支払っているとか。すごい。ここまでキチンと体制を整えて、しかもそれをしているのが、援助団体ではなく、カメルーン人自身だということがすごい。こういう人が増えたら、カメルーンも安泰、という気がする。
家と家が接近している為、地域内の途中からは手押し車も通らず、歩いてゴミを回収するしかない。かなりの重労働だ。ついて回っているだけで、私も結構ヘトヘトになった。ヤウンデのような町とオンベサでかなり問題は違うけど、こういう活動があるのを見ることができて良かったと思う。
 
ところで、昨日の内閣改造で、私の大家である大臣は、内閣から外されてしまったらしい。と、なると、どうなるだろう。私の近辺の生活も、変わってきそうな予感。
  1. 2009/07/02(木) 22:49:47|
  2. カメルーン生活

原爆展 初日

 いよいよ、初日。浴衣を着て会場に向かう。浴衣も何度か着たので、すっかり着なれてきた。もう、5分あれば着られる(着つけの方法はかなり大雑把だけど)!日本に帰ったら、もっと浴衣を着よう、帯も新調しよう。と思った。
 お花も活けて、会場の準備も整った。会場が、Hôtel de ville(ヤウンデの市庁舎)のホールなので、人が結構通る。通る人が、みんなひきつけられるようにポスターを見て行く(開場前なのに)。思ったよりも人が入るなぁ。
 開会セレモニーの司会は、JICA事務所の近所にある、コミュニティラジオ局のDJ。広島の原爆資料館の館長(アメリカ人)からのヴォイスメッセージも届いた。参列者に、ポスターの説明をしれくれたのは、外交官を目指為の大学院で「戦争と平和」について学んでいるカメルーン人。色々な人の協力で、いい展覧会になった。関係する様々な人に会い、原爆展について説明して賛同してもらい、協力を得る。今回Kのやり方を見て、人の輪ってこうやって広げていくんだなぁと、とっても勉強になった気がする。
 お客さんとして来る人も、様々で面白い。「原爆」というテーマに限らず、「日本」にひきつけられてくる人も多かった。「生け花」を自力で勉強しているんだけど、というフローリストや、日本に留学したことがあるという人も。普段なかなか出会わないタイプのカメルーン人に出会えた。
原爆展1
原爆展3


 盛況の内に、初日は無事終了。
 夜は、Kのお母さんと同期隊員と、ホテルで食事。お母さん歓迎&カメルーン着1周年をお祝いした
  1. 2009/07/01(水) 22:40:09|
  2. カメルーン生活
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